いっとき避難場所

夏の白熊は冷凍庫の中に

枝を掴む

どのくらいの強さで枝を掴んだら、上の枝に登ることができるのか。

 

体重を支えるためには片手なのか両手なのか

あるいは、足も使ってぶら下がらなければいけないのか。

 

一段上の枝まで上がれたときは、いい歳して嬉しいのである。

 

 

"いい年をして仕事もせずに

木に登ったりプールで泳いだりしている"

とも言えるし、

まあ"主婦業の合間に木に登ったりプールで運動不足を解消したりしている"

とも言えるけど、 たぶん、働くのも、家事をするのも、空間を切ってわたしが移動する運動の延長だ。

 

…家事はちゃんとやれなくてもやらなければいけないから、盲滅法に頑張るのだけれど、仕事はたぶんそういうわけにはいかない。

…いかないって思うけど、それを誰が決めたのだろう。

壁に手を触れる。凹凸がある。ひんやりしている。

世界に関わるというのは、単純に言ったらこういうことの延長だ。

 

"もはや希望の仕事について働くことは確率的に難しい"

という考え方もあるが、言葉にして眺めると其の語のほとんどに具体性のかけらもないことに気がつく。

 

木を登るとき

手をかけた枝がどんな形なのか、どんな固さなのか、ごつごつしているのか、しなるのか、触って実感していくが、

なにごとにつけ、それを確認することなく、

今みたいに、布団の上で寝転がって、いったい登りたい樹木が世の中にあるのかとか、よし見つかったとて、自分がその木に登れるのかとか、スマホを眺めながら呻吟していても、いつまでたっても、階段一段すら登れないことは間違いない。

 

んん、希望すれば どこにでも行けるのだ。

空気を押しのけてここから一センチ先に移動できる。

どこにでも行ける可能性がある。

 

死は明日訪れるかもしれないし(それならもしかしたらまだ、すこしホッとしてしまうかもしれない)、数年後かもしれない。

 

なんでわたしはこんなところでぼんやりしているのだろう。

 

人との繋がり

いま、人との繋がりがほとんどないような生活をしている。

 

なにかしら働いたりして、現実的な効力感を得たり、人との繋がりがもう少し増えれば、

もう少し気分的にマシになるかなとは思う。

 

仕事はなにがやりたいかというより、なんでもいいから余力が多少解消できるようなものがいいかな。

たぶん活動量の多いものの方がいまはいいかもなあと思う。

そういう、体を動かして忙しくする仕事の方がいまはやりたい。

 

今日は子供二人とも連れてでていた。

プールもいけなかった。

筋トレはお休みの日。

筋肉痛はもはや、仲良しのお友達だ。

 

筋力が落ちて、筋トレを始めたはずなんだけど、副産物的に肌がつるつるになった。

 

プロティンは、ジムに行ったときには飲んでたんだけど、お腹を下すのであまり好きになれなくて、

自重トレーニングに変えてからは飲んでない。

でも体重はそんなに変わらない。

水泳で2キロ泳いだときはたまにプロテイン飲むかな…。

でも魚肉ソーセージのほうが味はともかく手軽にタンパク質取れる気がする。

四面楚歌?

例えば誰にも頼めない

 

夫のことなら、お金がちゃんと稼げなくて定職のないわたしには妻としての価値がない

生活費をもらうのも遠慮する

幼稚園のお金は今年もわたしが貯金から出した

 

上の子供は今は大丈夫だけど、昔はすごく暴れたから誰にも預けることができない

預ければ苦情を言われて一時間くらい電話で謝る羽目になったこともある

 

母はもっとわたしを頼りなさいっていうから、困ったときに電話で頼むけど 大概いつでもボランティアでいない

別の日だったら良かったのに、と言われる

会えば大人になってもいつもチクチク嫌味を言われるので喧嘩になる。

 

 

病院はトラブルになる

(心療内科以外はトラブったことはない)

 

会社だけは、最後は大変だったけどきちんと育ててくれた気はした。

 

 

わたしは誰のことも信じてない。

 

四面楚歌はわたしの心の中にある。

 

子供が小さいとき、近くのスポーツセンターでやっている産後エクササイズ教室に行こうと思った。

子供を誰かに預けられるとか、うまく預けるのも母の力のうちだからちゃんとどこかに預けて来てくださいと書いてあって、なんだそれと思った。

 

大人しくて誰にも迷惑がかからない子供ならともかく、

多動気味のグレーゾーン大変な子供を預けることとか、家庭不和の中で誰かに頼むことがどれだけ大変なことだと思ってるんだ。

せいぜい、あの人たちはたまたまうまくいってる人だけを対象に楽しめばいいんだろうけど、

それが母の力のうちとかいうなクズって思った。

 

たまたま、大変な子供だったとか、たまたま、手のかかる子供だったということが世の中たくさんあるのだ。

うちも、いまは自力で学校に行っており、授業参観でもなんとか集団行動取れるようになっていて困らないけど、

それまでは本当に大変だった。

どこ行っても、苦情の嵐だった。

 

まあ、友達の自閉の子も、大人しくて人に預けてなんの問題もない子供もいたけど、

なんでもないように見えたっててんかんがあるとか、手放しで人に預けることができない子供だっている。

 

当たり前のように、他人に頼れとか言える人はクズだと思う。

 

 

改善すると仮定する

症状が改善すると仮定して色々やってみる

 

例えば嫌なことは嫌だということなど、嫌な感じを無視しないように留意して色々試してみる

 

なんでもすぐに結果は出ない。

1日心がけてみただけで気持ちが不安でいっぱいだ。

ノーと言ったり、嫌だということで排斥されるのではないかとかずっと不安を抱えている。

相手がどれだけ傷ついたかとか、それを理由になんと言われるだろうかと怯えている。

そのため言い訳みたいにして余計なことをいう。

まだ言い方が下手だからかもしれないけど、実際夫と多少の軋轢が起こる。

 

…しかし仕方ない。

じゃあ自分が我慢したり傷つくのはそれで良いのだろうか。

それも継続が無理だとおもう。

 

とにかくなんだって1日では変わり難い。

 

筋トレも突然ハードにやったら筋肉を壊すから毎日やりたくても一日置きだ。

 

言いたいことを言えたのか、

人の話を聞いた上で擦り合わせようと努力したのか。

 

本を鵜呑みになにもかも忠実にやるかどうかはともかく、

試してみて、うまくいきそうかどうか様子を見てみる。

嫌な女

ここ数年 これだけ人間関係でトラブっていて、

夫とのトラブルも絶えず、

もっと言えば過去も一時期除けば不安定な振る舞いをしていたわけだから、

わたしはよっぽど不安定で嫌な女なのだと思う。

今後ちゃんとやっていけるのかはなはだ不安である。

 

夫は わたしが完全に鬱になるまでは、幼稚園の費用はお前が出せとか、俺一人に働かせるつもりなのかとか言って、わたしのことを追い込んだと思うけど、年末年始に完全にわたしが動けなくなった時には、家事をするとか支えてくれたと思う。

ご飯を作るとか送迎はわたしがほぼやってはいたけれど、子供の連れ出しとか、急にダウンして布団に引きこもるわたしをそっとしておくこととか、夫なりに色々やってくれたと思う。

 

わたしはなかなか夫を許すことができなかったし、その上病院のこともあったから(なんとか忘れようということとか、結局は医者のことばっかり考えていたので)夫は色々大変であったと思う。経過は夫に全部話してるが夫は受け入れられないところもあるみたいだ。

それは仕方ないし、わたしもこの経過にあたってだいぶ腹括ったところはあったので、ある程度は何があっても仕方ないかなと思っている。

このままではどうせ無理である。

ただ夫は、

かるく鬱なのかなと思わないでもない。

 

 

今回の喧嘩の件についても、

話し合いが堂々巡りなのであって、

それが、わたしが未だに鬱なのでトロいのか(呂律回ってなくて何言ってんだかわかんないとか、外人と話してるみたいだとか言われたし)、もはや夫が精神的に受け付けない状況であるのか、その他の理由なのか、なんとも言えない。

こんな話の通じない人と結婚するとは思わなかったと言われたけど、…結婚した当初はそんなことなかったのだ。だんだん、そうなった。

 

…今まで大変な育児とほぼフルの仕事を両立してくれてありがとう

と言って欲しい気持ちも多少はあったけど、

それはわたしの事情。

 

わたしは、結局は、自分が上手にできなかった事柄により

家族や周りの人に結果的には迷惑をかけているとも言える。

限界を超えるまで自分がこだわらなければ、崩壊しないで済んだ事柄もたくさんあった。

 

ただ、なるようにしかならないという部分はあるかもしれない。

 

家族のひとりだけが鬱になるのはその家族全体の問題だから。

母親の鬱と子供たち

冷静に考えると、

わたしがこういう、自分の身の回りのことすらろくにできない状況になって、一番被害を受けているのは子供達だと思う。

 

 

その根底に、

できることとできないこと、

要は、辛いことはできるだけ避けたいと思えない自分の性格があって、

そのせいで自他を追い込んでいるわけだ。

 

今日は娘が外傷も何もないのに手が痛いと叫んでいて、

わたしはその直前に夫とひどい喧嘩をしていた。

娘は手がいた痛いということを夫に言っても解消されず、わたしのところに来て、わたしも大概うまくないけど、しばらく話したりハグしたりふざけあったりしているうちに手の痛みの訴えは無くなったんだけど、不安定は不安定だ。

 

そういえば一年くらいひらがなも何もやりたがらなくて、

ここ数日わたしと夫がやらせていたら、

さっき突然泣きはじめて、

"わたしは、幼稚園のこととか色々大変なのにいっぱいやれとか酷すぎるよ!"

って絶叫した。

ああ、そうか。

"ちゃんと言ってくれてありがとう、たくさんやらせてごめんね…"

とかろうじて返事を返したけど、母としてお詫びの言葉もなかった。

 

娘のヒステリーもわたしが不安定な状態だとか、そういうことが原因になっているんだろうなと思う。

離人症

起こっている問題の多くは、多分自信がなくて怯えていることの裏返しである

 

自分はaddだとか言うけど、

わたしは相当まえから慢性的にうつ状態だったし、パニック障害も放置してきたし、長い間離人症だったりした。

 

注意欠陥がある

といえばあるんだけど、ぼうっとしているのがadd のせいなのか、鬱のせいなのか、解離性障害のせいなのか、どちらのせいなのか、全部のせいなのか自分でもわからない。

ずっとそれが不可解だった。

自分が昔からずっとそうであるなら納得できるけど、そうじゃないからだ。

調子の良し悪しや周りの人、環境とかで、パフォーマンスとか振る舞いとか性格傾向みたいなのが変わってしまう。

 

能率の良し悪しの波があって、調子が良い時はなんでもできるけど調子が良くない時は、極端に不得意が出る。

 

それこそこないだのセンター試験の数学の97点→鬱になって30点 みたいに、極端に物事ができなくなる。

…最初は、思春期の頃に、母から怒鳴られた後に、はじめて離人症になったときの、文字が読めない、人の言ってることにとんちんかんな答えを返す、チェスが読めない、の時だと思う。

 

もし他の病気なのでなければ、ガンザー症候群? って書いてあるのがわりと腑に落ちるかも。

 

好きだった哲学も読めなくなって、数学も頭に入ってこなくなった。

家族のみんながわたしのことをバカみたいって笑った。

それまでわたしは、強くて理屈っぽいから怖いと親に言われてたけどそれがなくなった。

 

でも、わたしはずっとそれより前の自分に戻りたかった。

だけど、戻ったらまた母に嫌がられたり怒られたりするんじゃないかと思うとこわくて

それもできなかった。

 

わたしは小学校四年生のわたしに戻りたいのである。

できるならそこから生き直したい。