いっとき避難場所

夏の白熊は冷凍庫の中に

斯くも回復

年末あたり、思考も計算も何もかもがフリーズしていて

1+7=17  という惨憺たる状態で買い物に行くのも難渋したんだけど、

計算についてはだいぶん戻ってきた。買い物は行けるようになった。

 

部屋についてはたぶん、今まで生きてきた中で引っ越し直後と別荘を除いては、最も綺麗である。

さらにこれは、工夫している。

たぶんそれでも人並みかなとは思うけれど、たとえば、"飾り棚に飾りがおける"という状況は、人生初なのだ。

いつも分別不能の書類なんかがあったけど、これを分別してみるとほとんど居なくなる。

 

…これがなぜ出来るようになったのか、今後ずっとできるのかよくわからないが、いいことだ。

夏休みで子供二人見ているので、疲れ果てていると多少部屋が荒れるところはあるけれど、それでもだいぶん違う。

 

 

仕事は失ったし、社会的な信用とか、体の無理はだいぶしたけど

カウンセリングの副作用?は深く反動するもんかもしれない。

 

だがしかし、八ヶ月かかってる。それでもまだ、対人恐怖と近隣の駅を通る時の気分の悪さは消退してないし、

今のわたしの安定は、ほぼ引きこもり状態であるからこその安定とも言えるのかもしれない。

 

とはいえ、だいぶ一週間ごと、一月ごとに変化して行くものだから、もう少し様子を見て見てもいいかなとは思う。

 

幻想的小説など

読みたいなあと唐突に思う

 

指輪物語とか、西遊記とか、ゲド戦記とか、

はなはなみんみ物語とか、後なんだろう。

ナルニアもあるけどそんなに好きじゃなかったりして。

そういえばわたしはハリーポッターシリーズを読んだことがないんだな。これ読んでもいいかも。

 

 

小学生の頃岩波で出てる西遊記が大好きだった。

その頃まだ完訳されてなくて、なかなか先が読めなくてイライラした。

途中から訳者が中野美代子さんに変わったのだが、変わる前のが好きだった。

でも変わった後ももちろん面白かった。

 

父方の祖母が中国古典が好きだったらしくて、史記とか水滸伝とか金瓶梅とか、漢詩全集とかいっぱい古い本があって総じてその頃よく読んだ。もちろん漢文なんて読めなかったから、ちゃんと日本語になっているやつだ。

西遊記もなかなか出ないから途中から諦めて、そっちのに乗り換えたのだが、

…わたしの母は、漢詩全集も植物図鑑も捨ててしまって、わたしは非常に遺憾だったが、とにかく母は早慶を出ているくせに本というものを読んでるところを見たことがなく、文句を言っても仕方ないと思って諦めた。

 

 

普通であることを学ぶ

いままで、排斥されたりいじめられたりする環境で、普通に振る舞うやり方を学ぼうとして生きてきた気がするのだが、

正しくは、自分が平常状態でいることができる環境で、他人の考えていることや自分の考えていることを学ぶことなのかもしれないなと思う。

 

真似ることも大事だが、自分が普通(平常)な状態でいられることのほうが大事だ。

平常な状態というのは、たとえば別荘にいる時みたいに解離してない状態のことだと考えている。

 

そうでないと、相手の反応も、"わたし"に対してのものではなくて、緊張していたり、怒鳴られたりすることに順応した"わたし"に対するものになってしまう。

 

出来ること

帰ってきてから相変わらず片付け掃除ばかりしている

 

気になるところを無視しないようにすると、いまのところ、一日何箇所かは、片付けることになる。

ものを気にならないところに追いやるのも一つだけど、視界になくても記憶にあれば気になるので、追い追い片付けて行くことにはなる。

 

ここにいると、もともとが片付いていない状況からのスタートなので、

通常の家事プラス片付け掃除、というのがスペシャルなレベルで入ってくる。

 

別荘にいた時に割合気持ち的には回復したけど、それは今もそんなに変わっていない。

たぶん、祖父母といる時はわたしは、自分が自分でないような感じがしなかったのだと思う。

(母はたぶん、わたしを田舎に追いやって弟と安穏と暮らせるのが気分転換になったのだと思うけれど)

それで、あそこにいると端整に生活していて、片付けも掃除も日常的なルーティンでやっているのだけれど、…帰ってきてからは掃除が入るけど、それでもそこまでは気持ちが損なわれていない。

ただ、去年に比べると明らかに気力が落ちているみたいで、寝る前に片付けるとかそういうことが辛かった。よく疲れた。

夫がいたから甘えもあったのかもしれないけど。

あと、毎日のように夢を見た。

 

そういえば、

育児しながら仕事をしていた時は、掃除とか片付けというのは二の次だった。

毎日回すのが精一杯だったので、家というのは職場や園から帰ってきて食べて寝るだけの仮の住まいという感じだった。

 

やりたいことというのはたしかに沢山ある。

でも、足元を見た時に気になること、気持ち悪いこと、というのもあるから、できたらそれが気持ちよく暮らせるようになって、そうしてやりたいことができたら良いなと思う。

 

一気に片付けるのが無理なのである。まだ。辛い。

でも、煙突掃除が発狂しそうに辛い修行だとしたら、こういう、片付けるとか手を動かすとか、あるいは運動するとかいうことは、辛くなく、身体性や感情に導かれるような療養であるような気がする。

 

 

これまで苦手なことをたくさん行ってきた。

でも今やりたいことだけをほぼやっていて、

その一つが整理だの掃除であるというのが、みんなのために良かった気がする。

ドグラ・マグラ

この一、二年はやたらめったら退行して現実感覚が狂っていた。

最終的になにが現実でなにが自分なのか、平衡感覚が狂ってくる感じがして(解離がひどかったのかな、よくわかんないけどとにかく発狂しそうに辛かった)、まるでまいにちドグラマグラの中に生きているみたいで、それがすごく辛かったのだが、それは少しづつ治ってきた。

 

少なくともここは、ドグラ・マグラの世界ではない。

と、いって富士日記でもないし、方丈記でもない。

なんであろうかという感じだけど。

 

とにかく、山荘にいても東京にいても、ドグラ・マグラではないというのが今一番救いであるかな。

 

 

自分の名前を言えない子

治療できないとか よくならないは仕方ない

診断が正確に出なかったから、最後まで。

 

世の中にはいろんな価値観があるからバリバリ働くだけが幸せだとかわたしがもし思うならそれは自分で自分が恥ずかしい

 

 

しかし、

余計なことする必要ある?

 

って思う。