いっとき避難場所

日々是好日

皿洗い

例えば皿を洗う

隅にちゃんと洗剤をつけて

満足するまで洗ってみる。

 

寒いなあとかんじたときに寒くないと思える程度まで着込んで

寒くないことを確認する。

 

 

…そういうことをわたしはしたい。

 

 

毎日毎時あせらないようにして過ごしたい

へたれ

要は引きこもりと同じなのだ。

 

だいぶ良くなってきたけど

 

挫折した自分を受け入れることがむつかしい

 

挫折の原因はなんであろうとも

 

もう、安定した仕事を再度手にすることができない

なぜなら病気だからとか

 

現実に対峙して戦う気概のないものを病気というなら

わたしはまさに病気なわけだ

 

社会復帰したい

 

 

 

もういやだ、と思う時

病気であることはいやである

いつまでもそんなふうでいたくはない

 

しかし、わたしがわたしの望むように生きることはできないのか?

 

失ったものは取り戻せないのか

 

幸せとはなんなのか

 

くじけず努力できるようになることなのか

 

考え始めたらもうだめなのか

 

 そんなことを考えているところで学校から電話があって

息子が暴れたと

 

電話を聞くと、どう考えても先生の対応に問題がある気がするけど

それで、自分が悪いと言われている息子がかわいそうである

 

暴れたのはよくはないけど

 

それで、補助の先生に来てもらったというけれど

 

要は診断つけて加配をつけてほしいという相談なのだとは思う

 

それが本人にとって良いのだろうか。

 

 

わたしも子供の頃はiq130超えてたけど

やっぱり多動は多動だったと思う

ASDかもしれないしADHDかもしれない

 

変なのである。

 

変なりに生きていくのは大事だけど…。

 

 

辛い。

 

 

お前たちは変だから排斥されるのだ

 

って親子ともに言われてるようで辛い。

 

自分のアンバランスは、自分の努力でなんとかなるけど

発達障害かどうかというレッテリングがこんなに辛く思えるのはなんでだろう。

レッテルを受け入れれば楽になれるのだろうか。

 

そうではないんだろうなと薄々思う。

 

大事なことは、

わたしだけじゃないってことなのだ。

あなただけ変だから特別扱いしてやるってことじゃないのだ。

 

一人じゃないから、頑張れるところがあるのだ。

 

不安

もはや わたしは社会からまともに働ける人間とは扱われないのではないか

 

普通の社会から脱落してしまっており

もうダメになったと言われて

仲間外れにされて

排斥されるのではないか

 

…それは不合理なので

ふつうに働こうとかママ友と会おうとか思うけど

心の底ではわたしは ダメなんだと思っている

人よりもずっと劣っている

 

良い仕事をしたいと思ったりもする

 

でもその反面

人としてもうダメだと言われている気がする

 

なんでか

 

精神的な病気だから

発達に障害があるから

学校もろくに出てない(中退してる)

まともじゃないから

 

 

そんなの不合理なので言われるはずもないのだが

 

できないことできること

 

…実際問題

休職引きこもりも長引いて、いろんなことをパパッとやる能力は落ちてると思う

二人子供がいてママ友的な付き合いはあるから、最低限のマルチタスクはできているけど、

変な話毎日半分眠ってるような感じだから、

できることは少ないのだろう

 

じゃあ

なんで社会に復帰できないって考えるんだろう

 

例えばコンビニで働いてみようと考えたとする

 

イメージが湧く

"あなたはまともじゃない"

"なんでここにいるの"

 

って言われる気がする

 

(そんなこと多分ないのだが)

 

そうして、そんなふうに言われてる気がして、それがために自分で自分と戦って

何を言われようともやるべきことはやろうと決めてやり続けて

最終的に鬱になる自分が見える

 

フラッシュバックか。

 

だとするなら、やらないと払拭出来ないのかな