いっとき避難場所

日々是好日

たぶん

今は何やってもうまくいかないだろうなと思う

 

人の顔を見て思う

 

何やろうとしても上滑りしてる

自分が何ができて何ができないのか

仕事も辞めてしまったし、やることだけはそれなりにあるけど、全然わからないでいる。

 

ひどい気分だし誰もいないところに行きたいと思うし、鬱だと思うんだけど

病院行こうとか全然思わない (病院でまた同じことが起きたらこんどこそ耐えらんないと思う)

 

夫は学校に行けという

わたしもそれがいいのかなって思うけど

 

とにかくこの世から逃げるわけにはいかないので

必死にご飯作ったりお弁当作ったり子供のことをしてるけど

滅入る。

自分の親には子供のことをまず第一に考えろって言われて

確かにその通りなのだが、自分がまずもう少し元気でないと、昔みたいに子供と遊びに行くこともできないし、気力もわかない。

 

どこまで行ったらこれが晴れるのか

全くわからない。

 

堕落論の堕落は倫理的な堕落でもって

落ちるというのが気分的に落ちるとかそういうんではなかった気がする

 

でもわたしも落ちるとこまで落ちないとダメなのかな。

わたし自身としてはもう何にももってなくて

家族が保っているものの中にかろうじて生かされている感じがする。

 

子供のおかげで世の中に多少はつながっているなと話していて

いつのまにそんな自分になってしまったんだろうなと思った。

 

過去のこと

客観的な自分を示す数値

 

全て、負け犬の遠吠えである。

今自分が何ももっていないから、そんなことしか言えないのである。

 

暇な時間は本を読んだり数学したりしてるけど、それらが生産的な事柄に結びつくのか疑問である。

ただ、その間は悩みこまないというメリットはある。

 

たぶん、 一番長いことしてるのは考え事とか、ぼーっとしてることだろうと思う。

 

必死に

どうしたら幸せになれるのか考えてみたらいいと思う

どうしたら鬱で無くなるのかとか

 

逃げることではなく

 

いろいろあったけど頑張って乗り越えてきたわたしはもういない

何にもできなくて、鬱で、ひどい育ち方をしてきた私しか、いないのである。