いっとき避難場所

日々是好日

人間はいくつになってもやりなおせる?

やりなおすというのがよくわかんないんだけど

今すでにやってるはずじゃん?。

人生は仕切り直すということはできないし、暗闇の中にあろうが邁進してようが自分の人生の一部。

 

例えば年収とか、健康とか同じものを積み上げることができるか?ということなら、

そんなの確率的に判断するしかないよな。

場合による。

ただ、基本的に同じことはできない、と思う。

 

気分的に、憂鬱な気分から回復することができるかと言われれば、それはおそらく回復する確率が高いと思う。気分についてはまあまあ戻るんではなかろうか。

 

幸せでない人が幸せになることができるか?…以前とは異質なものかもしれないができる確率が高いと思う。

 

適応というのは結局自分自身が変化するものだから、同じ自分では得られない。

 

心因性の鬱というのは持ち駒では適応ができなくなってる状況のことかと思う。限界。

変な人がいるとか、異動先が変とか、育児と両立が難しいとか、嵐が過ぎ去るのを待って回復できるものなら過ぎ去るを待つも一つ。

そうでなければ自分を変えることで活路を見出すしかないんだろうけど。

その判断ができるように支援するのが援助者かな。

かわりに判断するのは、よっぽど前後不覚でなければ悪影響しかでないだろうな…。

適応トラブルで人生を無駄にするよりそんな援助者にかかることが人生の無駄。

あるいは、そこまでくれば無駄こそが人生だと開き直るしかない。

と、ブツブツ言いたくなる土曜日の朝。