いっとき避難場所

夏の白熊は冷凍庫の中に

シャーロック・ホームズ

 謎が。

 

犬という動物は、ひとの感情が伝染する。伝染しない犬は、群れとして生活するのが難しい。

 

  あるタイプの人で、興味分野に集中しているときは非常に魅力的なのだが、いざ社会一般の出来事になると年齢相応の配慮ができないように見える人がいるのは、あれは、何から来るのだろうか。

 一言で言えば"失礼だ"ということになりそうだけど。

 

 社会一般といっても、ひとは仲間ではない人には常に冷たいから、ひとの属する社会によって配慮の内容も変わってくるけど。

 しかも、それもスペクトラムであって、優しい人から冷たい人までいろいろいるから、一概にうんぬんできないんだとは思うけど。

 

おそらく、そのタイプの人も自分と同じように他人の感情や思考を考えるのだろうことはあるのだろうけれど、その"自分"が、大多数の人とは食い違うから、本人と同じように扱われることに耐えられない人が続出するのではなかろうか。

 多分逆も大変かもと思うのだ。

 

 モノクロの解像度の高いカメラでカラーの世界を写す、あるいはその逆なんだろうかと思う。

 今日も明日も、朝起きてから夜寝るまで、初めて出会う外国の人だと思えば良いような感じになるんだろうな…。

 

 人の情緒を理解してくれというのは程度により難しいんだろうから、言葉に落として説明するしかないが、人の心は言葉を使っても解剖できない。

 

 ただ、逆もあって、

 それも人によりけりなんだけど、ふつうに人と暮らしてても周りの人が全て情緒的に早送りしてるんじゃないかと感じられるような人もたぶんいるんだろう。

情緒的な情報量が多すぎるタイプというか。

 そっちは切り捨てとか刈込みが必要になるから、相手が多少"ない"タイプでも普通の人と変わりはない、てことになる。

たぶん、中途半端な配慮の必要がないということと、鉱物や植物が美しいように、美的に良いという意味では共感性のない相手は楽かもしれないけど、観葉植物と暮らしているような感じになってしまって、"眼中にない"という生活になるんでしょうね。

 困ったときとかに、困る。

 だけど、そういうのは誰でも同じか。

 

とかぼんやり。