いっとき避難場所

日々是好日

アウレリウス

大人になってから、気持ちが不安定な時はアウレリウスの自省録をよく読む。

 

病院でバイトしてた時も最終日あたりはあまりに怒っていたので電話番をしながらアウレリウスの本を右手に握りしめていた。

滅多に本に付箋を貼らないがその時だけはなぜか、本に付箋を貼っていたらしい。

…で、今付箋を貼ってあるところをみると、

"腋臭のある人間に君は腹をたてるのか。息の臭い人間に腹をたてるのか。その人間がどうしたらいいというのだ。彼はそういう口をもっているのだ。…云々"

 のところに付箋が貼ってあって、当時の激昂を思い出すと、われながらおかしい。

残念ながらわたしの指導理性は発揮されずわたしも結局は、腋臭のある人間なのであった。

 

ちなみに岩波の古いの…1985年の…を読んでる。

神谷美恵子は育児しながらこれを訳してたのかと思うと、

彼女はギリシャ語ができたから難しいことではなかったかもしれないが、日本においては貴重な仕事だから、つくづくすごいなと思う。

この本のいいところは、箴言のかたちなので、パッと開いて読みやすいというのもあるかもしれない。

 

あと最近、鈴木大拙も読むんだけど、これは長いのでどこまで読んだか、前回の終わりと続きを考慮しなきゃいけなくて、

子供がいるとインタラプトが多いから、同じ出だしを何回読んだかわからない状態になって嫌になってしまう。

しかし面白いなあと思う。

エックハルトもたまに読むけど、

長文が嫌でなければ大拙の方が読んでてホッとする。

そう、なんでエックハルトを読み始めたかというと、大拙の"MEISTER ECKHART AND BUDDHISM" というのを読みはじめて、エックハルトをいっぺん読んでみようと思って岩波のを取り寄せたら、和訳してあるもんだからエックハルトの方が読みやすくてそっちを先に読んでしまった。

 

 でも、大拙の英文はやっぱり日本人だからか読みやすい上に、Kindleで読んでると単語の意味をパッと同時進行で引けるから、読む分にはそんなにストレスがない。

 

気がつけば、本を読もうかなってちょっと思い始めている。

そして、アウレリウスを握りしめていた自分の状況のあまりの滑稽さが、われながら笑えるようになっている。

 

いいや、わたしはずっと可笑しかったのだ。

一番辛い時でさえ、笑っていたのだ。

それだけでは済まなかっただけで、

ずっと、笑いながら泣いていたのだ。

 

なんつって。