いっとき避難場所

日々是好日

ありがとうを理解する

 わたしは非常識な新人として社会人生活をスタートした。

 

 お祝いの品をもらっても返さない、とか返報性を理解してなかったからだと思う。

 

  学校に行くのをやめた小学校五年生で常識がストップしていたかなあと思う。

 

それはそうと、自分の家庭で、

母親から、自分の気持ちを考えて何かをしてもらったことがあるか、というのを考えると、ないのだ。

 周りの人たちは、母親はどんなに子供を思うのかということをわたしに言うので、わたしは母にたくさんのことをしてもらった、ありがたい、と思わなけりゃと感じているのだけれど、はっきり言って、思われていると感じたことがいちどもない。

人間的な、情緒的な触れ合いというのがなかった。

形式的で、非常に礼儀正しいひとで、優秀で社交的で、親切だが、共感性にかける。

 

 共感性という意味では、わたしは父には感じていて、入院した時にも毎日お見舞いに行った。でも母に関しては共感的なものがぜんぜんないのである。

 

 母の口癖は、"感謝しろ!"であった。

おそらく感謝の行動は非常によく身につけているんだけど感謝して親身に入るというような行動は今ひとつないんじゃないかと思う。

 母は、宗教につきあいでハマったこともあったけど、あまり人間的な信仰を持っている感じでもなかったように思う。

 

そんなこんなで、わたしは大学に入って一人暮らしをして、 社会に出てから、人がわたしのことを思って何かをしてくれると言うのを実感したと思う。感謝というのはこういう時にするのだということも学んだと思う。

 

 わたしと私の母は、気持ちが通じる、と言う感覚がなかった。悲しいな、といえば母が同じように悲しいと感じてくれたり、優しくしてくれる、と言うことがたぶん一回もない。

 全ては母の言葉や母の感覚に翻訳されて、私が悲しんであれば、母が同様の時にものすごく悲しんだ話が語られ、慰めるのはわたしになり悲しんでいるのは母で、悩んでいる時には叱られるし、困っている時に代打でバッターボックスに立つのは母である。

 

母は、音楽は好きだけれど特定の音楽家が好きとかいうことはなく、芸術は感性から好きというよりも評価されるから好きだという感じ。

わたしに関しても才能に共感して伸ばしてくれるというよりも他者の評価があるから期待するという感じで、すごくプラスティックというか現生御利益的で、情緒的な深みがない。

 

それは、母を鏡としてわたしのことなのだろうか?

とわたしは常に思う。

わたしがASDなんじゃないのか。

 

 

わたしに情緒性とか共感性とか、そうしたこと教えてくれたのは、大学に入ってから知り合った、異性の恋人たちで、その次が同性の友人やわたしと軋轢を起こす人たちだと思う。