いっとき避難場所

日々是好日

悲しい時に一緒に悲しんで

一昨年の冬ごろに、カウンセリングが行き詰まって、陽転もひどくって、

対策を考えた末に、母親に話しに行った。

その頃わたしは、陽転がひどくなるたび、自己分析して話すと解消するというのを繰り返していた。

それが、わざわざ病気になっていたのか、治っていたのかいまだに良くわからないのだが。

 

最後の最後に、自力ではどうにも解決できない気がしたので、

わたしは、子供の頃からわたしが母との間のコミュニケーションが取れなくて辛かったことを伝えて、母にわかってほしいのだと話しに行ったのだ。

 

 かくかくしかじか、話をした末に、

母は、言ってる意味がよくわからない、といった。

"わたしは、子供の頃から、わたしが悲しいと思っているときはお母さんにも悲しんでもらいたいし、喜んでいるときは一緒に喜んでもらいたかったのよ"

言いながらわたしは泣きはじめて、いつもお母さんは何もわかってくれなかった、怒ったり説教ばかりだった、という風に泣きじゃくっていた。

しかし母は、

"なんで今更そんなことを言うのか全然わからないわよ、いっている意味がわからない"

と言って、最後はほとんど怒り出して、一人残されてわたしはずっと泣いていた。

 色々考えた末、わたしは母に抱きついて泣きはじめた。

それで母が初めて、まるであなたは小さい赤ちゃんみたいだ、と言った。

なんだけど、あんまり通じた感じはしなかった。

 

ちなみに、この会話には夫と叔母が立ち会っていて、

途中で二人とも涙ぐんで、大事な話だし言っている話はよくわかる、と言ったのだが、母だけは話の内容は良くわからないみたいだった。

 

…というのをふと思い出した。

結局、わたしの子供の頃の悩みのコアというのはそれなのかなあと思った。

母に通じる感じがしない。

人の気持ちを考えてものを言うと言うのをしてくれない。

 

なんだけれど、

わたしがおかしいのか、家族がおかしいのかよくわからず、

自分がおかしいと言う選択肢を外すわけにはいかないなあと思う。

 

 母のところに子供を連れて行ったりする。

可愛がってくれて、喜ぶことをしてくれるのだが、なんだかいまいち、猿が喜んでるのを見るように子供が喜んでいるのを見て、喜んでくれているような気がしたりする。

 なんて言うか、あんまり人間味のある感じがいまだにしないのである。