いっとき避難場所

夏の白熊は冷凍庫の中に

離人症をなおすということ

20年近く解離性障害でぼんやりしていた。

感情もあとからくるか、全然来ないかでなんとなく体調が悪いくらいで済ませてきたらしい。

 

人にひどいことを言われても、今一つピンとこないから、意味わかんないし言われていないのと同じだと切り返すことができるくらい。

よっぽどきついことを言われると流石に参るけど、普通の人なら、ありえないだろうというくらいの仕打ちにあっても基本的には流せていた。

 ただ、子供のことはなかなか流せないのが大変だった。自分の子供時代を思い出すと焦ったりしたからかもしれないけど。

 

 

 代償は記憶がたまにあいまいになることと、ぼーっとすること、話が飛ぶ(でもちゃんと辻褄は合う)こと、文字が読めなくなって意味がよくわからなくなること(それでもセンター試験の国語とかなら満点ちかく取れる程度)。

 それが発達に問題があってそうなったのか、解離によるものなのかはよくわからないけど、どっちも治りにくい(解離は治るメリットがすくない)らしい。

 

通院中に若干、離人症が治った。

よくわからないが、解離しないということは全部まともに食らうということなのだなと思った。ひどいと思われる扱いを受ければたぶん人の何倍も怒って苛烈に報復するし、うつも何倍も落ち込む。

 

 神経が過敏なひとにとってぼーっとしていることのメリットというのはそれなりにある。文字が読めないとか成績が落ちることは、いきていけるという適応の問題に比べれば割とどうでもいい。

 

 でもたぶん、わたしが治そうとしたんだよなと思う。

 思い出したりパニック発作が再発したりするからもう話したくないっていったときに、カウンセラーが "あなたが勝手に話してるんだ"っていったけど、たしかにそう。

 不思議だ。何か他の生き方を探したのかもしれないけど、みつかるんだろうか。