いっとき避難場所

日々是好日

依存

なぜに依存していたのか

 

を、よく考えると、たぶん、わたしはもう頑張りたくなかったのだ。

グレーゾーンの育児して、フルタイムな仕事をする。

 病気である限りはそういう面倒なことから逃げられる。

 

…と、いうのもわたしもたぶん、ADDグレーゾーンだし、しかも治ってはいるけれど、パニック発作と、あと解離性障害もある。

さらに、おそらくはわたしが育てにくかったからかもしれないけれど、マルトリートメントを受けて育っている。

…学歴も小学校から不登校とか高校中退だし、最終学歴だけはそこまで悪くないけどいつも、ひとの偏見と戦って生きてきた。

 就職先は安定していて悪くないけど、世間からかなりやっかまれるというか見下されつつ羨ましがられる仕事で、しかも、内部的には割と平均的な人が評価される職場だ。

 そんな激動?の人生を送ってきた人なんてほとんどいないのだ。

 

 …病院で話すうちに自分は大変な人生だったという話を聞いてもらって、甘えも出たのかなと思う。

 まともに社会生活を送ろうという気力も自信もなくなる。

 

 さらに、わたしは先生の本棚の趣味が好きで、初診で訪れて、本棚を見たとき、面接前から非常に懐かしい感じがした。

本来はそれだけで良いはずだったのだ。

 

つまり、初診時点ではわたしは先生みたいな医者が世界にいてくれることに、非常にほっとしたんだと思う。

本来、それだけでよかったのだ。

 

ただ、わたしの主訴は社会不適応ではなくて、職場のパワハラだったので、いろいろ話すうちに社会不適応のほうがメインになってしまって、どうにも戻れなくなってしまった。

そこに転移は入り込んだだけだったのかもしれない。

 

一方で、

周りで働いていない妻はいない、俺だけに生活費を負担させるつもりなのかと夫はいう。

育児で時間を半日にした時もキャリア上それは特にならないと言われたし、給料が下がったこととかもだいぶ言われた。

夫はたぶん一人で働くというのが不安だから子供をどこでもいいから保育園に入れてでも働いて欲しかったのだと思う。

 わたしがちゃんと働いている限りなら、子供はどこの保育園でも幼稚園でもよかったのだと思うが、わたしが働けないなら子供は発達障害のラベルを貼って保育園に入れてわたしに働いて欲しかったのだ、きっと。

  学歴も年齢も仕事の安定もわたしの方があったから、今まで家計を一人で支えるなんてことは夫は考えていなかったし一生共働きでうまくいくと思っていたのだろう。きっと。

 わたしは夫が負担だし、離れたいと思っていた。しかし現状では動けないし働けないし、子供をどうするのかという問題もある。

自分ももともと自尊心が低い上に、さらに依存によって自信を失っていて、社会で働いていける自信が全くない。

 しかし夫にはそれは見えない。

そもそも話が合わないことはどうでもいいが、仕事も家事も育児もまあまあこなしているわけで、おそらくできている面しか見えない。

 

 夫は、わたしが本当に大変な時に踵を返した。

 今回病院で色々あったからたぶん、(男と女は違うので)だいぶわたしに寛容になった気がするけど。ま、それはもしかしたら病院行ってよかったかもね。

 

 実際、わたしには普通に振る舞うとか普通に仕事をするのも結構な負担だ。夫にはわからないと思うけど、

 解離で感覚を飛ばしたり、ぼーっとしたりしてなんとか適応している。 

 感覚過敏はないけど、他人の気持ちとかにものすごく敏感で、子供の頃は話しかけられる前に返事をして気持ち悪がられた。

 

でも、エリートとは言わないまでも、プライドのそれなりに高い平均的な集団で仕事をするには、生活歴的にも不利だし、自分の能力的にも負担だ。

 知的に多少カバーできる部分があれば仕事は確かにふつうにできるかもしれないけど、周囲に合わせるのが大変なのだ。

 変人扱いされることに我慢しないといけないし、ぼーっとしてるからバカだと言われたり、別の場面では頭が良すぎると言われたり、とにかくめちゃくちゃ大変だ。

 仕事は並行処理するのでたぶんかなり早い方だったけど、人間関係のストレスに弱くて、すぐにぼーっとして意識がぼんやりする。

 そうすると、ケアレスミスが体調により多かったり少なかったりして、さらに人間関係のトラブル(パワハラとか)にあうと、ケアレスミスが激増する。

ケアレスミスは産後なぜか、だいぶ落ち着いたけど、やっぱり人よりは多かったと思う。

 

 ただ、慣れた環境で周りといい関係になって、理解があればだいぶミスは減って、いいところが出るようになるので、すごく快適になる。

 でも今回、子供が幼稚園に転園するので知らない仕事にやむをえず異動になって、しかもそこが人間関係が良くなくて、いじめが多かった。

 わたし以前にも病休がでた(わたしの後にも順次誰かがターゲットになった)ようなところだったので、解離も出たしもたなかった。のだと思う。

 あと、子供が大変すぎて、ファミサポに断られるとか色々あって保育の算段をつけるのが難しくて、毎日預け先を自転車操業みたいに探すのもすごく疲れた。

 夫に頼むと電話を忘れて、お迎えが来ないなど大変だった。

 

最初に医師に依存になっているっていう話をしたときに、

"逃げるのか。仕事に依存してつぎは病院に依存するのか。"と言われたけど、逃げてるのは認めたけど、仕事に依存したという意識がなくてずっと悩んでいた。

 わたしは夫と結婚したというより仕事と結婚したようなところはあったからそういうことを指していたのかもしれないが、今もまだよくその辺りはわからない。

 ただ、"依存"である。いずれにせよ。

 

 

  今回は、12月に通院を切ってから、ここまで鬱になると、

 幼稚園のお迎えの時間が遠足とかで変わっても全く認識が追いつかなくて毎日間違えるとか、何回言われてもわからなくなって、ついにはパニックみたいになってわたしもADHDなんだとか幼稚園の先生に言って、うろんな目で見られる、そんな感じ。

  原因が解離なのか鬱なのかADDなのか全くわからない。

 

 とにもかくにも、鬱が多少回復して、それから、物事をどうとらえるのか…

 考えるのが良いのかなとは思うけど、 少なくとも通院中の二年間よりはよっぽど、現在というものを見ている気がする。