いっとき避難場所

日々是好日

つらつら

気分が上がらないというのは深刻な問題

 

しかし気分が上がらない日ですら人生は継続している

鬱を楽しめるかと考えると、これは苦痛であるから、楽しむということは無理だが、

舵の壊れた船に乗っているようなものだと諦めて欄干にもたれていることはできる

隅田川の遊覧船ではないが

わたしの乗る船は、日の出桟橋を出た後に焼け野原を三周するルートを通るんだなあと思う

なんてこった。

(そういえば子供が遊覧船に乗りたいってここのところずっと言ってたから思い出したかな)

乗った以上、途中で降りるなら河岸まで泳いでいかねばならないが、それすら、まともではない。やってできないことはないが、着替えはないし、風は寒いし、何よりこの船は大変苦痛ではあるが、なんとか耐えられる程度だ。

 

気分が鬱であるというのは、足が痛いとか熱があるというのと同じように苦痛そのものなのだと感じる

ヨガのポーズみたいに、苦痛を眺める

そうすると苦痛が分解されてスローモーションになって、… うーん。

 

そもそも積極的に良くなるような理由が見つからないから、そうなっているとも言えるし、

こんなところの海図はないし、能動的に動けばよくならなくなる可能性が高い 

そうは言っても動くもんだし、人のせいにさえしなければいい

そう、それで心理学の本を読んでた頃に思ったけど、何もこんなこと医者がやらなくても禅僧がやればいいじゃん、みたいな。

到達点はなんだかみんな似たようなことを言っているような気がするし。

 

…そうして、海で遭難したものは、じっさい本当に、よくならなければいけない理由なんてないから、それでいいじゃないと、あきらめが、

 

…つくわけがない

なぜならまたしても気分は変わるからだ。

 

水槽の中にいる金魚が最も豊かな世界を持っていると考えることもできる

テレビの向こうインターネットの彼方にビルゲイツなんて本当はいないかもしれない

 

しかし、そんな観念的な生き方を毎日しているわけがない

そんなんじゃ日々の買い物すら難渋する

 

取り返しのつかないダメージを受けた。

 

…言いたければいえばよいのだが、取り返しのつくダメージがそもそもあるのかと

と、いうより、それはなんてばかばかしい。

 

ばかでよいのだ。

というより莫迦は治らないし馬鹿に付ける薬はないっていう

薬が奏功しないので原因は馬鹿だと諦めて…

それは、違うけど(でも、莫迦は薬で治らないなら、薬で治るなら莫迦ではないことになるのかなあ)

 

鬱はわたしの人生の一部だし、わたしは人がスタイルが悪いとか、アレルギーがあるとか、そういうのと同じように、

鬱だったり、生きにくかったり、いろいろあるのだけれど、

そういうふうに思う日もあれば思わぬ日もあって、所詮そんなものだ。

 

しかし "それでいい" ではない

それは、まるで心が死んでいくのを放置しているみたいだ。

struggle.

 

っていうか、多少、苦痛から、言葉が自由になってきた気がする。