いっとき避難場所

夏の白熊は冷凍庫の中に

木登りの記憶

子供の頃、毎夏、栃木にある親戚の別荘でひと月ほどを過ごした。

老人と一緒に、起きて食べて、手伝いをして、時には洋裁をしたり、囲碁を教えてもらったり、本を読んだり、森の中を散策して、寝る、の繰り返しだった。

 夏休みだし、やることはとくにない。

 晴れた日にはトンボがテラスの手すりに行列してとまるのを眺め、夕立の日には落雷の破裂音にガラスがビリビリふるえるのにおびえた。

 かぞえてごらん、と言われて一回光るたびに数を唱えると、雷が近づいてきてまた遠くに行くのがわかり、怖さが減って面白く感じた。

 

 夜、しとしとと降る雨の音は不思議と眠気を誘った。

後日、寅彦の随筆に夢中になったが、

たしか微熱があるときに降る雨の音を聞いてうとうととしているのは気持ちが良いという文章を読んでまさに、あのことだと思い起こした。

山の生活は祖母からの使いで歩いて3キロほどの街に卵を買いに行くぐらいで、そのほかは人に会うこともほとんどなかった。

 

小学生くらいだっただろうか。

ロッキングチェアに腰かけた祖父は、東京からまとめて送らせた英字新聞を読んでは、山の向こうを、眼光するどく、しかしぼんやり眺めていた。

 国際情勢のはなし、共産党の委員長の話、戦時中のはなし、仕事の話、アメリカであった愉快な出来事の話、大学受験の話、いろんなことをぽつぽつ話した。

昼下がりには、祖父は蛇よけだと言って杖を左右にふって、藪を払って、山の斜面をゆっくり上がったり降りたりした。

 はぎ、げんのしょうこ、われもこう、ほととぎす、… 植物の名前をたくさん覚えた。

 

 祖母は洋裁の専門家であった。

山にいるときは祖母も暇をしていたから、わたしが作りたいというシャツだとか、スカートだとか、一緒に作りかたを教えてくれた。わたしはいつも途中でこんがらかって放り出すのを、祖母が難しいところをなんとか解決してほぐしてくれる。それからその続きに入って、はじめて、なんとか一着の服が出来たときにはほんとうにうれしかった。

 木綿のチェックの、シャツだった。

 

わたしは晴れた日は庭(山)にある木に登った。

どこまで高く登れるだろうかといろいろ試して、いろんな種類の木に登ってみた。

幹にはありが列をなして登っていて、多彩な苔が張り付いていた。

ときには樹液がべとべととしていて、避けて掴んでは登った。

 

昼時になると祖母が下から呼びにきてくれた。

用心深く木から降りて、 家に戻ると卵焼きの香りがした。

 

…なんてことを デューイの本を読んでいたら思い出したのだった。