いっとき避難場所

日々是好日

よくなるとは

つらつら。

 

…だいたい、この手の疾患から回復したひとは一種のパラダイムシフトみたいなのを起こしているような気がする

わたしが知っている限りでしかないけれど。

 

何かの補償として頑張って回復した 

とか、

何かはなくしたが代わりに何かを得た

 

ではない。

 

断酒会とかにつながらないで死ぬほど飲んだお酒をやめた人も、まるで、今と昔の時間になにか断絶があるみたいに、

何度話しても、初めて見る景色をしげしげ眺めるみたいに、その時のことを語る。

当時わたしはそれをすこし、美しいと思ったけど、仮にわたしがそう思ったとしても、相手は卓越してて、そんなところに反応する次元のものではなかったな。

 

逆に、そうしたものを起こすために、崖のギリギリまでいって落ちる、なんかそういう試練のようなものなのかしらんと思う。

 

嗜癖という語句にはクセという漢字が入る。

解離もクセなんだけど、少し違う気がする。

 

あらゆる形の欲望を、否認しなければ良いのかどうか

なかなか文章の形ではかけないが

ひとはきっと一貫しているのだとは思う。

生まれた時点から、人類が途絶えないようにプリセットされているのかもしれない。

ま、それはそれでよいでしょう。

 

カウンセリングとかそういう場では本来テーマにあげて良いみたいだけど。

わたし何度かはあげてほしいっていったけど結局無理みたいだった

そんなことはどうでもいいというか、あげたらよくなったという保証もないし。

 

魂がどうとかこうとか

教会以外ではあまり考えなかったけど

なんで病院で考えることになるのか不思議ではあった。

でもまあ、それ自体はいいかと思う。