いっとき避難場所

夏の白熊は冷凍庫の中に

転移という言葉

色々と考える、というよりも言葉の形にできるのか、考える。

言葉にすることに抵抗があって言葉にできないことがたくさんあるなと考える。

たとえばラポールという言葉について、かな。

 

…わたしは、人相手の仕事をしていたので、転移とかラポールというものはわたしにとっても身近ではあった。

 

基本的に、わたしの仕事(社会福祉)なら、

たとえばわたしのお客さんがわたしに好意を寄せたかな、と思った時に(わたしの仕事では、ここまでの酷いことになったことはいまのところ一回もないけど)、

直接ぶつけられたとしても当然ストレートに応えたこともないし、好意についていわゆる、ルールに反した形で扱ったこともない。

" わたしは、あなたによりよく生きていっていただくための機関の一部なんであって、もしそういう風にいっていただけるとするならわたしは嬉しいけど、わたしにはあなたが、自立できるようになって下さることが一番嬉しいのです" ということをいろんな言葉ややり方で伝えるわけだけど。

 ただ、そのエネルギーをうまく社会に向けて行ってもらうことは、わたしの技術的なことだし大事なことだと思ってきた。

 それでこれまではそういう意味での失敗はしてなかったと思う。怖い時は、同僚に応援をお願いしたし。

 …でも、今回のことがあって色々考えて、わたしは"たまたま"これまで失敗したことがないだけであって、これから先も失敗することがないとか、ありえないとか考えるのはとても無理だな、とは思った。

恥知らずみたいだけど、失敗はつきものだ。

 

  とはいえ、基本的に、危機的な介入の中でわたしに心を開いてくれたならきちんと関係を取った上で、わたしが糸口になって、複数の機関や人に関係を広げて、支えてもらえるようにネットワークを作り上げる手伝いをして、

最後はわたしが必要でなくなって、安定したフォーマル、インフォーマルな関係の中で本人が自立していく、というのが、自分の仕事だと思ってきた。社会性が前提なわけだ。

 

偉そうだし支配的な考え方だし、そのうえ綺麗事だから恥ずかしいし、公言はしなかったけど、ひそかにそう思っていた。

もうやめたし、戻らないかとも思うからいう。

 

…わたしは、自分がラポールをとって、最終的にお客さんがわたしの手から離れて自立して行く過程が好きだった。

転移という言葉は知ってはいたけど仕事では使わなかった。

もちろんわたしもいろいろ至らないところはたくさんあるわけなんだけど。

お客さん個人と一対一の関係を持つよりも、そういう風に自立していってもらうということの方がわたしは技術的に面白くて好きだったのだと思う。

 

それで、一年半前に異動先のパワハラから逃げて診断書をもらいに心療内科にかかったときも、あんまり深く考えてはいなかった。できるなら心療内科にかかりたくはなかったけど。

 そういう風に治療についても考えていたから、わたしは自分が治療のなかで医師に好意を持った時も、まあまあラッキー、と思っていた。嫌な医師より好きな医師の方がいいし、よしんば転移としてもそれなりに意味があるんだろうし、くらい。

 

 …ところが、それがどんどん、わたしの中でエスカレートしたので、びっくりした。

 なんでこんな悪夢みたいなことになっちゃったんだろうかとずっと考えていた。

 わたしが病態が重いから?。

 狭い部屋で長い時間話すとか、病的なことについて長々と一方的に話す(わたしはわりと時間を制限してた気がする)のが良くなかったのかな?

とかいろいろな理由を考えた。

たぶん、わたしの仕事と完全に違っていたのは医療的なものは社会性が全くないということ。

 一対一で密室で話し合うという告解部屋みたいなシステムで、付加価値をつけて社会に戻して行くという仕組みが本人の中での意欲にしか依拠しないのだ。

オープンダイアログみたいな仕組みならまた違うのかもしれないが、とにかくそうではなかった。

 

 それでも、最後まで最低限、治療関係とか援助関係とか、報酬と引き換えに本人をよくして行く仕事において、好意とかそういうものは、うまく本人のために戻して使っていかなければいけないのだと思っていた。だからわたしは自分自身のためにもこれを引き戻して自分のために使わなきゃいけない、とずっと思ってだいぶ粘ったけど全然良くならなかったし、悪化した。つまり意欲が社会に向かなかった。

 第一、わたしが医者に好意を抱くのはそもそも医者が庇護者(?)であるからに他ならなくて、その辺のおっさんとしてであったら違った事情だったかもしれない。…とも思って見たけれど、たしかに、これは、改めて見るまでもなく医者としてもひととしても本当にどうしょうもないんだけど、このひとgifted 2eっぽいし、レアだし、生きにくいだろうけど良いところもまたあるかと思うと、これもまた全然良くならなかった。

 

 愛とラポールと、はっきりいってそんなに差はないかもしれないし、どっちも過去の焼き直しでもありうる。

 だけど、社会の中での愛は試行錯誤が許されるかもしれないけどラポールは制限された機会だし、力関係のある関係だから互いに目的がはっきりしている。本人の社会的、現実的な利益のためにならないようなやり方で使ってはいけない。これは恋愛する前に結婚する契約みたいなものだと思う。

 "倫理規定"は理解してなくても使えるルールだけど、わたしが、自分の仕事の中で、力関係が一方的なものにおいて自分が謙らないで、それを愛情として受け取ることはできない、と思っていたのはわたしの中での返報性の原理みたいなのが働いていたからかもしれない。

 単にわたしの好みのストライクゾーンが狭すぎるからかもしれないけど、嫌、そうじゃないね、といま思い出して考えていた。

 

まあ、それは、わたしの事情。

だからなんだということであって、他人がどう考えているかは確かにあんまり関係ないし要求できることではない。

でもそんなの嫌だ。

わたしの中での限界は自分が良くならないならこれはおかしいし、もうこれほ限界だし、良くないということだけだった。

 

カウンセラーは倫理規定に違反するから、わたしから医師の方に言ってカウンセリングを断ったことにして欲しいといったし、

医師は、患者をバイトにして何が悪い、と言ったらしいけど、

どっちもわたしは嫌い。 

 

それなら治療関係は一旦保留じゃなくて治癒の形にするかリファーするべきだって思ったけど、

でも、それも混乱の中で言い出せないわたしがいて、わたしがはっきりいえばよかったのかもしれないけど、それならわたしが悪いのか?

でも、失職して自立の見込みもない中で一体わたしは何やってるんだろうかと考えながら治療に通うことになり、

ひたすらに鬱々として、

まあなんて惨めでかっこわるくてみっともないんだろうなと思った。

 

こんな惨めな治療は耐えられないのでもうやめるとか友達にバイト誘われたからもう治療やめますとかいろいろ言ったけど。

 

病院でバイトしたら治るのかというと治らないし、いろんな意味で幸せになれるのかというと、それは多少そうだけどものすごいリバウンドのあるスパイクだった。

 

…どういう状態か、とにかくひどい状態だ。

二十代から一応仕事をしていて、自分が好意を持たれているお客さんについてはなんと考えてくれてもご自由に、と思っていたので(だって仕事だもん)、

そういうのは慣れきっていたし、先生もカウンセラーもそんなの慣れてるだろうと思っていた。

それで、逆の立場でも、全く自分自身罪悪感も何もなかったのが多少の救いだけど、

かっこ悪いし綺麗でもないし気持ち悪いし、健全でもない。

わたしのお客さんがわたしのせいで動けなくなったとかあったっけなと思ったけどそんなの思いつく限り一件もなかった。

 

それで、ありえない、ほんとに心療内科にかかるというのは、なにかの修行なんだろうかと思っていた。

 

一体それは結局なんだったんだろうと思う。

 

でもこうやって、少し書いたりしながら

記憶が少しづつ改変されていって、

ついには原型をとどめないようになって、忘れてしまうのが一番いいんじゃないかなと思って見たりする。