いっとき避難場所

夏の白熊は冷凍庫の中に

ハラスメントを繰り返さないためには

パワハラ(モラハラ)で一回休んで、良くなって復職した時に、職場の状況が良くならなくて辞めることになった。

その時にはじめて、こいつら必ず潰してやると思っていろいろ訴えてみた。

でも、刺し違え程度なのであって、しかもコンプライアンスに則る限り、左遷とか人事評価が限界で、向こうが職をなくしたわけではない(全社的に悪評が回ったらしくて、長期的にみればメンタルで潰れるかもしれないけど)。

 

結局、あんまり得はなかった。

学んだことはあったけど失ったものは戻ってこない。

 

それで、こういうことはもう繰り返さないと思ったはずなのに、結局通院先でバイトしてまた同じこと(ハラスメントにあう)を繰り返して、鬱になって今度は長期的に動けなくなった。

 

職場の人は、みんなから人格障害だといわれていて、医者は自己愛かアスペルガー なんだと思う(…ありがちすぎてどうしょうもない)。

 

生きて行くためには相手の気持ちなんて考えていてはいけない時があるのだ。

親だって他人だってそうだ。

自分が傷ついてダメージを受けるようなことをする相手の気持ちを考えて、優しい態度で接する必要なんてないのだ。

…例えば、ハラスメントをする同僚には、わたしが子供のことで迷惑をかけているから申し訳ないと思っていたし、心療内科の医師については、先生は先生なんだから色々考えてくれているはずなのに申し訳ないとか考えてしまったし、社会的なことを考えて一回バイト断ったけど助け合いだとか言われて結局受けてしまった。

どうしてだか、あんまりにも不安定だから何か言ったら先生死ぬんじゃないかと心配していた。

我ながら意味わかんない。

そもそも、明らかにコンプライアンス違反なことをして他人を退職に追い込んだり、倫理違反すれすれで鬱に追い込んだりするような人は、

最初から相手が意に沿わないなら死んでしまえくらいに考えているのであって、楽しい職場にしようとか、相手をより良くしようとかそんなことははなから考えていないのである。

自分のために死んでくれる人とか自分のために弱くあってくれる人が必要なだけなのだ。

 相手がダメージを受けてるからと言って心配なんてしてないのだ。

自分のことしか考えてないし、事実モラハラの同僚はわたしが辞めた後、後輩と上司を鬱に追い込んだ。

 

 わたしが相手をコンプライアンス違反で訴えた時にわかったことがあって、

攻撃するということは、もはや他人の気持ちなんて考えないということだ。

程度に応じて歯止めをかけるのは理性かもしれないが、中途半端に攻撃したらやり返されるから、ハラスメント系の人に対して本当にやる気なら、最後まで息の根止めるつもりじゃないとだめなのだ。

しかもコンプライアンスに則って仲間を得る形でやらないと自分が傷つくし、ミイラ取りがミイラで一つ間違えれば自分がハラスメントする人になってしまう。

 

…でもとにかく、そういう人間はすきあらば潰してやるとこっちが思っているべきだし、潰すために何ができるか、自分を責める時間があるならそっちを考えるべきだ。

それも無理なら全力で逃げるべきだ。

そんな人たちに義理を感じたり、自分が悪かったと思う必要があるわけがない。

 

育児で他人に負担をかけていると負い目を感じることや、解離性障害でコントロールが悪くて病院に迷惑をかけていると考えるわたしが、

時短で迷惑だから辞めさせてやると考える同僚とか、思い通りにならないから死ね的に行動する医者に、気を遣って自分が悪かったと思う必要があるだろうか。

ないと思う。本音は尊重されるべきだが、生き抜いた方が勝ちなのだ。

 

 

他人を操作したい人は、相手が病気だとかできないとか、いくらでも自己評価を下げた上でいいように使ったり、潰したりする。

職場の同僚もそうだし、医者もそうだ。

仕事の楽しみの中に、阿吽の協働作業とか、フォローし合うというのがあると思うけど、そういうのを楽しいと思わないのだと思う。

そういう人たちにとって、職場というのは技術の試行錯誤とか効率を考えるとかそういうことに集中するわけでもなく、上を向いて理解可能な理由で争うわけでもなく、

単に下を向いて蹴落としたいだけなのだ。

しかも、自分が人を蹴落として、仕事の評価を上げるとかたくさんのものを得ようではなくて、

他人を精神的に傷つけたり弱らせたりすることが目的なのだ。

 

自分の心と裏腹に(わたしは自分の気持ちが嫌すぎると解離してわからなくなるから)、

優しい態度をとるとかニコニコして接する癖があるから、相手が図に乗って好き勝手をいったりするのだ。

そういう相手には心を開かないようにするべきだし、今度からは態度がおかしいと思ったらその時点で攻撃なり防衛策をとるようにしないとだめだと思った。

嫌な人に対する対策を"解離"じゃなくて、嫌だという態度で示さないとだめなのだ。

近づくな、あるいは攻撃をやめなければ攻撃する、あるいは逃げる。

嫌な感じにさせる人に近づかない。心を開かない。許さない。

それが結果的には、自分も嫌な人にならないための近道だと思う。

 

…昨日思ってたけど、医者がもう嫌いとか信じられないとかなら、必要最低限しか話さなければいいだけだ。

人として失礼な態度をとったら問題だけど、そうでなくて、そんな人はいくらでもいる。

むしろ嫌いなのにニコニコしている方が病的だ。

 

人のことそんなに攻撃的に捉えていたら味方もできないとか昔母に言われたけど、

無理して解離して付き合うよりマシだと今は思う。

怖い人という風に扱われるか、良くわからない人と言われるか、どっちかだ。