いっとき避難場所

日々是好日

無理だったことを認める

少しづつ負荷をあげるトレーニングもあるし

多少、打たれやすいところを痛いからと逃げ回っていたら強くもならないし、対策もねれないのだ。

 

でも、筋肉断裂じゃないけど、

世の中無理なものは無理だったということがあって、鬱病にまでなるのは、本当に精神的に無理しすぎたということなのだと思う。

たしかにそれまでの人生もストレスが多かったと思うけど、

 

たとえば、

普通に考えて耐えられない治療なのに苦痛を訴えて辞めるということをしないでしがみつくというのは、自分で自分を大切にできないということだ。

権威的なもの(あるいは、あなたのためだというもの)に指示された時に、おかしいと思っても自分を守る選択ができなくて結局、逃げられなかったということで、

判断的にもレジリエンス的にもつらい。

解離と嗜癖は逃げられない最強かもしれないけど、

今回はそれで身を損ねたわけだから、

ある意味解離が有利な選択ではなくなったということではプラスかもしれない。

 

しかも通院先でバイトするとか、

…雇用主はわたしの目から見て、うつ状態に見えたし、職場の専門職である臨床心理士から見ても正常な状態でもなかったわけで、

傷つくことになるとわかっているにもかかわらず、断れなくてやった結果そうなったわけだ。

家族に迷惑をかけたし、自分もまともな生活が送れなくなった。

これは、人のせいにするよりまず自分の、理性を失った判断ミスを認めるべきだ。

生きていくために、そういう自虐的なことをやってはいけないのだ。

たまたま通院先であったけど、もしかしたら、これは変な話、カルト宗教団体であったかもしれないし、健康食品を売るなんとやらであるかもしれない。

(だいたいそういうのは論理破綻してるけど…)

 

他人の食い物にされないと生きていけないと、子どもの頃から心のどこかで考えていたから、こういうことを招いたのだと思う。

 

わりと心身強い方だったから、運動も、ストレスも、今まで結構大変でも傷つきやすいけどぶつぶういいながら耐えてきたけど、それはもう、

限界だったのだと思う。

 

ストレスを与える相手から距離を取る。

どんなにわたしのことを考えてくれそうなひとや、権威的なひとのいうことでも一線を置く。

頭から信じない。

 

自分の人生の責任をとれるのは、自分だけなのだ。

子供についても、自分の心が痛むようなことをしない。

 

絶えず、

闘争か、逃走か、を検討すること。

フリーズしたり思考停止したりしないこと。