いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

母親の不思議

わたしの親が不思議なひとだったと思う

 

弟は、ドクター論文の審査会の準備をしていて、3日くらい徹夜して、ヘトヘトでリビングで寝ていた。

持病があって、寝不足は体に悪かった。

 

その日の朝、わたしの引っ越しの手伝いに来るというのを、審査会の前日だし寝た方がいいからやめるようにと本人に電話したのだが、

わたしの母が電話に出た。

"たまには姉さんの手伝いをしたい、そのくらいのことしかできないって言ってたから"、と言ってたのをきいた母が送り出したという。もう出ちゃったなら仕方ない…。

 

わたしと夫と、できるだけ負担がかからないようにさせて、午後早々に送り返した。

うなぎを食べに行こうかと言ったけど、今日は眠いからもう寝るから帰る、と弟が言って、その方が大事だな、という話をした。

また今度会った時に宮川いこう、ということにして車から降ろした。

子供は実母に預けることにして、弟は疲れていて、リビングで横になったから、自室で寝なさいよ、と言ってわたし達は近所挨拶に出発した。

 

しばらくしてから半狂乱の母から電話がかかってきた。弟が大変なことに…。

 

 

弟が寝たあとに母がカレーうどんを作った。それを食べさせるために弟を起こした。

そのあと弟が寝ようとしていたところ、

母はお風呂を沸かした。

せっかくわかしたから入る?と起こして弟に聞いたところ弟が入ると言った。

それでお風呂に入った。

溺水した。

 

わたしはその話を聞いてなんで、なんで、寝ようとしたところを起こした上に疲れてる時に風呂に入れるのか、シャワーじゃダメだったのか、頭がおかしいんじゃないのか、と思って途中から固まったけど

母を責めても弟は戻らない。

 

そもそも弟が体調を崩したのは、中学校の勉強が振るわなかった時に、母が毎日午前3時まで勉強をさせていたときだった。

母は自分だっていい大学を出てるくせに弟の勉強を全くみない。みんなエスカレーターなので勉強が本当にできないのである。

学歴だけ。

わたしが不登校で引きこもっていたので、弟の勉強を見ていた。

 

弟が死んだとき、

弟が死んだ、と母は悲しんでいたがまるでエイリアンみたいに見えた。

わたしは妊婦だった。8ヶ月くらい。

毎日仕事の後にICUに通っていたが、風邪をひいて微熱で咳をしていた。

葬儀の日に席で咳をしたら母に怒られて、咳をする時には手で隠せ、と言われた。

 

弟は小学校の頃からたぶんこの国で一番有名な小学校に通っていて、わたしの家族はわたし以外全員そうだった。

一体何が良いのか全くわからない。

じいちゃんの兄弟とかみんな東大だけど、そんな訳のわからないことを言いそうな雰囲気は皆無だった。

 

弟が死んだ時に、

"ああ、これであの学校とも切れてしまった…"

と母が言って、わたしは絶句した。

"母親の手の内で死ぬことができるなんて、あの子は幸せだ"

と母が言った時意味が全くわからなかった。

わたしこの人の面倒見られないかもしれないな、と思った。

 

息子も娘も自分のことができるようになるまではできるだけ母には預けられないと思った。

 

わたしは産前産後、里帰りをしなかったし自分の子供を実家に預けなかった。

 

それ自体はまあまあ良かったんじゃないかとおもうけど。