いっとき避難場所

夏の白熊は冷凍庫の中に

副次的な効果

嫌な感じを逃さないよう感じるようにしたいと思っていて

無神経に進路を遮られると嫌だなとか

少しづつ考えていた

 

でも、逆にそういう風に考えると、

自然に、自分も他人の進路を遮らないようになるもので、

わたしが他人の地雷を踏むのはそもそも、自分が嫌だとか辛いとかを無視して生きて来たから他人のこともだいぶ無視して来たのかもしれないなと思う

ひとは自分を扱うのと同じように他人を扱うものらしい(ミラリング?)

 

でも、それにしても自分がやってしまうことでも、他人が嫌な顔をすることでも、心の中では両方で傷ついているのだけれど、それも理由も記憶もなくなって疲れという形でしかこないのだ。

 

わたしはこんな些細なことでも嫌なわけで

プールで途中で立ってしまって隣のレーンに行けと言われただけでも相当傷ついているわけだもんね…

 

ランチの笑い者ですとか

先生よりはまともですとか

 

言われることは当然だとして、

グサグサで振り切れていたわけだよな

それを先生には言えないくらいグサグサ。

会社のパワハラは別にお互い様というか同じ立場なのでやり返せば良いだけである上に、耐えればお金がもらえるので耐える価値がある。

 

でも例の病院のアルバイトって、お手伝い程度なので基本的に赤字すれすれ(それはお金必要ならば、交通費くださいくらい相談すればよかっただけなんだと思うけど… 要求しないとわからんのだ)だし、家族に迷惑がかかる。

患者なのにカウンターにいるのが嫌だし、

何であんなに嫌だったのかな…自分が辛いということが前提でそこにいると、患者さんも辛いであろうことが想像されるので倍疲れるのだ。

 

周りの人からは腫れ物に触るようなかんじで、まともな仕事はさせられない人みたいに思われているような感じがした上に(つまり、本当は何もやらせたくないしそこにいて欲しくないとみんな思っているから敵意が伝わってくるわけで)

暇でやることもなく、雑談しなきゃいけない。

 

  わたしはそんな腫れ物に触るような扱いで、座らないといけない時間が耐えられないから、直接先生に、紙を切り続けるとかシールを貼り続ける以外の仕事なら何でも良いという(ほんとならワーカーがいいけど、患者兼ワーカーとかわたし自身が吐きそう)けど、周りはとにかく嫌なのだ。そういう風な感じがした。

直接言われたセリフもひどいし、最後に自分がキレるまでぼんやりしていた。

 

次の人が見つかったらわたしいつでも辞めるのでいってくださいとは言ってあったし、客観的に考えてもよくはないから、次の人急いで探したんだろうけど。

わたしのケアは一体誰がするんだろう?。

そもそも、経済的なメリットは置いといて始まった仕事だったから、わたしの愛着以外の何の理由もないのだ。お金なんていらんと思っていた。(赤字は困ると思ったけど。)

それを気持ち悪いと素人の周りの人が思うのはしかたないとして、

わたしの愛着は、わたしの治療のためにあるのであって、病院の人手不足だとか周りの人から傷つけられることにさらされて良いものではない、と思う。

たしかに治療構造から逃げがちではあったけど、自分がドロップしようとしただけであって、

べつに先生の電話番号聞いたりデートに誘ったり、病院に居座ったりしたことは一度もない。先生のプライベートなこともわたしからは、最後まで全く聞いてない。

わたしは、治療がきつすぎて耐えられなかったのはいけてなかったけど、

根本的には、患者としてよくなりたかったし治したかったのだ。

フロイトのエッセイどおり。

悔し紛れに言うわけではないけど、叫んでおく。スッキリするかな。

 

…それにしても、第一受付のひととの雑談も、今まで一緒に仕事したこともないような嫌いなタイプであって、

性格悪いなとか、化粧下手だなとか、義務教育レベル怪しいなとか、トロいからめんどくさいなとか思ってるので、興味がわかない。そんな話はどうでもいいみたいなのばっか。

でも、わたしが嫌いな状態だということはわかるけど

解離で、嫌だという感じがぼんやりしているから、嫌だという顔ができなくて、わたし自身であることができなくて、同じようににこにこしてしまう。

負担なのだ。

 

本当はこんなとこで出し損じた処方箋をハサミで裁断するんではなくて、患者でいいから本棚のフーコー読みたいけど、受付の女が終わったら、すぐ帰ってくださいとか言うから、やりたいことができないので辛い

あのフーコー高いからうちでは買えないし、よしんば買っても大きいからかさばるし読み遂げられるかわかんないし

わたしは患者で最後に行った時に読んだディケンズ以降、あそこで何の本も読めなかった。

自分の持って行った本でアウレリウスだけは最後まで握りしめてたけど。

 

"それはおかしい"

ということはできるし、状況的に自分の自尊心が傷ついたということはできるんだけど、

傷つくのがワンテンポ遅れる

もとい、傷ついたことに気がつくのが遅れた

相手が嫌だと思ったということは理解できる

ここから消えて欲しいと思っているということも理解できる

 

愛着とか愛情とか

人の心の一番柔らかいところだ。

 

"あなたのケアはどうなるのかと先生に言ったけど問題ないって先生は言うから逆らえなくて…。 わたしからいえないので倫理要綱に違反するからあなたからカウンセリングをやめると医師に言ってください"

 

…カウンセラーには、倫理とは何か、何故そういう規定があるのか自分の頭で検討する能力がないということか…。

ぼんやり、なんだこの人低脳かと思いながら、

 

"嫌な思いさせてすみません、わたしも、本来同業なのに引き受けて悪かった、すみませんでした、言っておきます"

とカウンセラーに謝ってしまう。

わたしがぼんやりしながら医者に進言してあとから、心理士に、"ありがとう!"と言われる。

わたしには関係ないですよねと言うべきだった。あるいは、そんなのそっちで解決してくださいとかいえばよかった。

 

てか、まじで心理士は国家資格になるのかな。
精神科医がカウンセラーをやらずに済むように?。
オープンダイアログに加算点数つけるくらいがいいのではなかろうか。

 

わたしはあんまり治ってなかった。

このバカとしか思えなくても、過失は実力の問題なんだろうと思う一方で、構造に沿って断りきれなかったわたしが弱かったと思う。

傷つけるならやめてください、は結果論だ。

どこでどういう行動をすれば身を守れたのか。

人の敵意からどのように身を守るのか。

ものすごくストレートにいえば、

"あんた達が言ってるのは全部自分の問題だろ、わたしに関係ないからこっちに言ってくるんじゃねえよ、黙れよ、うるせえな"

って言えればよかったのか。

そういう風にあんた達が思うのは深層に何たらかんたらがあるからではないのですかとかいえば、余計気持ち悪いからシンプルに、

"うるさいな"

っていえばよかったか。

人が言うからわたしが悪いと、ひたすら傷つくままにしておくのではなくて、

わたしは悪くないと思う根拠を探すことが大事。

どうしてわたしが悪かったとか思うかな。

そのとき自分が嫌な思いをしたことから目を逸らして感じないことにしたからじゃないからかな。

わたしだってそう言われてものすごく傷ついていたのだ。

良い悪いはさておいて、すごく嫌な思いをした。

倫理がどうこうはさておいて、すごく傷つけられた。

 

 

 すごく傷ついたのでこれからは行動を変えようと思いました

で、いい。

鬱とかなんとか関係ない。

 

それにしても

 カウンセリングは結構危険なものだと今は思う

しかも、カウンセリングの効果を数値的に出せないと思う。

 一対一のカウンセリングに点数つけるのはどうかと思う

個人的にはあんなものに公費を出す価値感じない。