いっとき避難場所

日々是好日

継続は力なり 力は継続なり

意味なく継続しないといけないといつも思ってた

続けないと力にならない

続けないとものにならないから、いやでも興味がなくてもやらないと、必ず後悔するからね

 

じゃあものになったらやめてもいいのか

 

ものになってもやめちゃダメ

みんなのためにやめてはいけない

ものになったのにもったいない

 

仕事は大好きだったけど職場は苦手だった

就職した時は人並みに期待に応えて仕事をするということができなかった

でも、できるようになったんだよね

よっぽど上の子の育児は大変だったらしくて、二度目の育休から復帰した年は、相当なことがあっても全然メンタルには堪えなかった。

もともと仕事が好きだったのと、相変わらず育児も大変だったから、会社の人間関係程度ではもはやなんとも思わないくらいに必死だったのもあるかもしれない。

 

それで、結果として時短でも時短でなくても、その職場においてわたしが一番仕事をこなしてたらしくて、異動する前の年に、入社して初めて、きちんと評価された気がしたの。

 

それで、わたしは、いわゆる大きい企業でも一応ちゃんと仕事ができるようになったんだなと思った

それで、一個物事が終わった気がした。

そして、仕事(客商売)は、相変わらず好きではあったけれど、違うことをしたかった

一つの目標が達せられて、潜在的なもう一つの目標に向かいたかった

 

でも、状況が許さない

目的がなくても"続けられない"自分が許せない。

パワハラにあったとしたら、おまえはパワハラに負けるのかと人はいったけど、一体なんのためにパワハラと戦うの。

仕事は好きだけどもともと職場が嫌いだった。

嫌いだけど、社会になんとか適応するという目標は時間はかかったけどたぶん達成した。

 

エッセンス的に同じ仕事をしたらいいと思いつつ、ほぼカニとかほぼホタテじゃないけど、

ほぼ人格障害女と毎日応酬する、動機がない。

動機がないし、目標をたてたならきちんと実行する意思もあるけど、続けなきゃ、やらなきゃいけない。

育児をしながら、パワハラに耐えて会社勤めを続けるというルーティンをこなさなきゃいけないけど、もはやわたしには目的がない、

安定した仕事を続けて欲しいという家族の意思はもちろんある。

俺一人に働かせるのかと夫が言うのもわからんではないけれど、わたしとは違いすぎてどうしていいかわからない。

 

子供のことで手足を取られていて動けなかったのもある。

 

でも子供のことはなんとなく、年長のときにゴールを確認した

わたしが、言うことを聞かない子供に激怒して、"もうそんなんいうなら山に捨てるよ"、と言った時に、息子が、

 

"そんなことしたら、ママの大事な子供が熊に食われるかもしれないのにそんなことしていいのかよ!"

と、言い返して傲然と座っていた。

 

そっか、わたしというものはもう息子の心の中にいて、現実のわたしがどうあれそんなに影響がないのだろうと思った。

 

わたしがいくつになっても、親というものがうまく掴めないのとは違うんだと思った。

 

わたしはもうこの人をそんなに心配しなくてもたぶん、自分でやっていくだろうなと思って肩の荷が降りた気がした。

下の子がまだ少し手がかかるけど。