いっとき避難場所

日々是好日

潰れた子供

わたしの実家はわたしと弟の二人兄弟だった。

 

わたしは、もともと変な育ち方をしてはいたとは思うのだけれど、いじめを経て、小学生五年生で学校に行けなくなって、起きられなくなって、明らかにメンタルになった。

弟はもう少し後の14歳くらい、連続徹夜明けの日に体調を崩した。

 

そうしてどちらも親は、子供が、重いストレスとかプレッシャー(あるいは、相対的に、フィジカルに弱かっただけなのかもしれないけど)潰れたということを認められなかった、のだと思う。

それでわたしは、優秀で他人を馬鹿にしているから学校に行かないのだということになって、自分もそういう風に思った。(たぶん事実は反対で、わたしは自信が全くないのだけれど)

弟は努力が足りないからできないのだということになった。

 

…わたしは学校に行けない以上は人のことを馬鹿にしていることになるし、家では四方八方責められるので居場所もない。

"優秀で人を馬鹿にしている"から、学校に行かず家にいることが許されているので、それがなければどこにも居場所がないのだけれど、

子供心に考えるに、

自分がそんなに優秀であり続けるなんてことは理屈から考えてあり得ない。

親だってそんなことはわかっていたのだろうけれど、たぶん認められなかったんだと思う。

 

まだ具体的な目標を与えられてたらよかったかな。

…そのうえ、何かについて努力するってことは、わからないから努力しなきゃいけないということで、すなわち親が言うように他人を馬鹿にするような優秀さじゃないということになる。

 

…ということを、子供ながらに理屈の上では理解しているのだけれど、たぶんそういうふうに思っているのはわたしのみならず親でもあるから、安心して着地する地点がない。

どう考えても、馬鹿げているのだが、心が怖くて払拭できないことというのはあるらしい。

 

 

心療内科は、当初パワハラで行っただけだったのだが、カウンセリングで当時の記憶を呼び起こした。パニック障害あたりまでは何とか持ちこたえたけどそれ以上、わたしは持ちこたえられない。

恐怖で視野狭窄状態になってたと思う。

嗜癖と転移に巻き込んでわたしの人生と治療が崩壊。仕方ない。

会社のパワハラ同僚は、辞める前後に激怒したわたしが返す刀で滅多斬りにして職場が崩壊。

 

病院はかろうじて滅多斬りにしないで離脱。

わたしが綱引きで、恐怖の馬鹿力で引き倒してしまったってことになるのかな。

安全基地を失ってわたしはうつに。

刃をおさめるには治すしかない。

 

とりあえずそこに苦痛があることがわかれば

何とか追い込めるかもしれないし

 

なにより

努力できないというのが今のわたしには非常にこまる。

ものすごく困る。

 

それだけ。

 

 

 

 

 

と、いうとこだろうかな。