いっとき避難場所

日々是好日

明け方の夢と攻撃性

夢というか白昼夢なんだけど

パワハラでやめた会社の同僚が、

ごめんなさいと泣きながらいっていた

 それで、この人はもういいやと思った

ほんとに、心から、もういいやと思った気がする

 

二人いて、ひとりはそこまで悪人ではなかった。

もう一人はかなり変だった。

そっちは夢にも出てこない。

毎日わたしの一部がすごく嫌な気分だった。

全体が、ではない。

母であったり、妻であったりする、彼女の知らないわたしの部分が多すぎるから、完全にわたしを傷つけるということはないのだけれど。

仕事を教えないとか、間違ったことを教えるとか、そうして人のことをみんなの前で後から非難するとか、そんな感じのことをした。

それで傷つきはしたけど、それは仕事の上のことなので人間としてそこまでボロボロになるというほどのものではなかった気がする。

 

昔を知ってる先輩から、ぼんやりしていたことを指摘されたり、新人の時どうしてもうまくできなかったことを言われると、それは結構こたえた。

自分でどうしようもなかったことだったし、辛かった。

 

できないこととか、わけのわからないことを言うことがあるのが、離人症とか解離性障害のせいなのだと自分ではなんとなく思っているのだけれど、

当然、わたしのこととして謝る。

仕方がないと思っているのだけれど、ぼんやりしている自分が辛い。

ぼんやりしている、すなわちわたしがもともと、知的に低いから仕方ないのだと思おうとするんだけど、

学歴とか、やった仕事とか、そうじゃないものも多くて、どうしても腑に落ちない。

ADDなんだと思おうとするけど、

それもやっぱり時と場合によって自分が全く違って、どうしても腑に落ちない。

 

怖くて怖くて仕方ないのだが、そのこと自体が認められないというか、自分自身でわかっていない。

 

バイト中に事務さんとかから、ここにいるのが変だとかまともじゃないとか色々言われた。

その時は本当に、心から申し訳ないと思って謝っている。

"ごめんなさい、わたしも引き受けたから悪いんです。"とか、"迷惑をかけて申し訳ない"

とか思っている。それで事務さんとの間のコミュニケーションが成立しているんだけど、

ふとした時に気がつく

それまで全く自分の気持ちに気付いてなかったけど、自分の自己愛がぼろぼろになっていて、相手はそれを意図して言っていた(わたしの謝罪を受け入れたし、わたしがそのことで傷ついていることを無視したり、わざとやったり、あるいは気がつかなかったりした)。

その瞬間にモードが切り替わって全員殲滅してやると思う。

人の形をしたものがその時には前にいない。

顔のない敵しかいない。わたしに恥をかかせて傷つけた。

とはいえ、一応攻撃しないよう抑えてはいる。しかも、今後きっともう攻撃しない。

医者についてはだいぶ言い返した。

昨日までにこにこしていたものがなんで突然激怒してるのか、たぶん全然わかってないだろうと思うのだけど、

 

医者は、わたしをカウンセリングの過去の記憶の再現によって、なんどもパニックや恐怖状態に陥れているのに全く気がつかず、たいしたケアもしなかった。

だからわたしは先生自身を麻酔に使った、ということになるのかな。

 

それ自体は仕方ないし、そういうものなんだろうと思う。

 

先生はわたしが仕事に依存してるといったけど、経済面を除いては言われたことに納得できなかった。

他人をケアする方が自分がケアされるよりも気が紛れて楽なんだと思うけど、とりあえず仕事は嗜癖ではなかったと思う。(だいたいお互いに困らないし、助かってるし。しかも、あれは原則として手続きに則った事務手続きなんであって、工夫がそこにあるだけだ。と、いう腹の括りがあるから。)

 

通院というものは愛情でも依存でも治療でもなくて、嗜癖だと思った。

どこまでいっても嗜癖

そうなったのは自分が苦痛に直面できなかったからだということになるけど、そのこと自体に自分が気づいてなかった。

そこは申し訳なかったと思うけど、逃げるのかとか言われて逃げませんと言えるなら今までの人生そんなに困ってないのだ。

 

 

自分で話すうちにそういう状況になって自己解決していくのがカウンセリングだと考えたかもしれないけど、

再現して自力で立ち上がれるならそもそもそんな状態になっていないし、自分以外に誰も自分を助けるものがいなかったから困難な状況になっているのだ。

 

自分以上に自分の苦痛に対応できるものがいないなら、人生をその、他人のケアに依拠する意味がない。

じゃあ、その苦痛を乗り越えればその後に楽になるからという話があるならと期待するけど、

結果的に苦痛は苦痛のまま、社会的にはもう、病院通いは続けられませんよ、という状況に陥らせた。

心のオペだとかいってたけど開腹手術の最中に縫合しないで放り出した。

 

…ただ、じゃあ自分もそうしたかったんじゃないのかと言われればまあまあそうだ。

どうしたらよくなるのか、治るのか、というよりも楽になるのか?を考えていたと思うから、他人を巻き込んだという意識が多少あって、責められない

責められないけど、一番の問題である苦痛本体は、それで良くはならない。

病院であるから、可能な限りはさらけ出して良くならためにはどうすればいいのかもがいていたのに、

倫理要綱がどうのこうの、患者がここにいるのはおかしいとか、病気の問題で病院にいるのに、不必要に社会的な視線から非難を受ける羽目になった。

 

通ってても楽にならないし良くならないと見切りがついたということなのか。

少なくとももう、助けを求めにいったり、信用できないのは間違いない。

先方もそれでほっとしてるだろうか。

 そこまで、攻撃する意図は全くない。

 

でも、あそこにいた事務さんとかカウンセラーについては、違法な攻撃をする意図は全くないけど、象徴的に殲滅して良いと思っている意図は変わらないな。

"悪気はなかった""そんなつもりはなかった"、ではなくて、特定の他人の痛みとかそういうものに無関心で良いと思っている、そう言う人たちとの攻防で人生の一部ができているとすると、

それは意図したわけじゃないけど落ちてくる石とか、そういうものと全く変わらない。

粉砕して構わないのだ。

ただ、その周りの人たちは心が痛むだろう。

 

 

相変わらず自分以外に自分を助けるものがいないんだけど、

とりあえず鬱の療養という意味ではだいぶ家族に助けられた。

それは、そうだと思う。たぶんそれは大事なことだ。

 

他人に助けてもらうということは一体どういうことなのだろう。

 

そんなこと、大したことじゃないといえば、大したことじゃないんだけどね。