いっとき避難場所

日々是好日

頼れない

自分以外自分を助ける者がいなかったらしく

他人を頼ることができない

と、いうよりも今生きてきてるということはたくさん助けられてきているからこそここにいられるので、正しくいえばたぶん、助けてくださいといえないということなんだろうかと思う

あと、助けてもらえるとは到底思っていないということ。

助けてくださいと言って助けてもらうのは信頼だけど、気がつかず助けてもらうというのはお互い様でもあって、感謝にはなるけれど信頼とか愛着とかはあんまり関係ない。

 

つまりわたしは誰のことも信じてなくて誰にも心を開いてないのだ。

誰に頼んでも、見捨てられ続けてきた気がしていて、怖いから。

それが死にたいと思う一つの理由かなとは思う。疲れる。

 

考えてみればだいぶたくさんの人が、わたしを助けようとしてくれたのだけれど、

結局は、破綻する。

つまり、気がついて、庇護してくれる人がいて

頼るのだけれど、周りの人から叩かれて、ダメージをうけて離脱する。

怖くて自分から離脱するというのは、だいぶ前になくなった。

生きるに連れお互い様の部分が多くなったから、一方的に助けてくださいというのが減ったからかもしれない。

今回も、逃げてはいない(最後は破綻してるけど、そこで質せばよかったのかな。)

 

ママ友みたいにちょこちょこ助けてくれるのはお互い様で平気なんだけどな。

 

それでも、ママ友であっても自分から頼れない

お願いすることができない。

自分の親には殆ど頼れない。

夫にもお願いしますというのがなかなかいえなくて、気づいてくれない、ということで嫌味ばかり言っていたけど、それは最近だいぶ変えてみた。やって欲しいとか嫌だとかいうことは伝えるようにした。

一緒に生活していれば、どちらにせよ隠し通せないものであるから。