いっとき避難場所

日々是好日

納得できるストーリー

たとえば

わたしが発達障害で手がかかるから虐待にあったとする

それにより解離性障害になったことは仕方ない

仕方がないから、それはそれとして受け入れ、自分の特性にあった仕事をするなり、主婦として生き延びるなりしたらよい

 

と、いう話を聞いて、どうやったら納得できるのだろうか。

理由はどうでもよいというか、わたしの悩みは現在の苦痛なのである。

今回の件だって、わたしが手がかかるから悪い。

 

 

発達障害とか多動があったら虐待をしてよいのかというといいわけがない。

息子は多動気味で、わたしの子供の時に比べてよりもめちゃくちゃだし、大変だ、と親や親戚はいうけれど、だからといってわたしは包丁を持って死んだふりをしたり何日も無視をしたりしたことは今の所ない。

きつくおこったりしたことはあったし、それが虐待だと言われれば反省するしかないけれど。

でも、ベランダに暗くなるまで締め出したこともない。小学生の春休みになるまでは、基本的にひとりにしたこともない。

わたしが小さい頃は、お昼寝から目覚めるといつも誰もいなくて、泣いていたのだ。

 

…これからもしかしてわたしも母と同じような事をやるのだろうか?

 

…って思ったけど小学生になった息子はどちらかといえば出来の悪い方ではなく、問題がほとんどなくなった。

しかも、わたしは別に息子に全く勉強をさせていなくて、こどもは屋外で友達と遊び呆けていて、それでいいんだと思っている。

 

ピアノもさせてないし、水泳は一応させてるけど、溺れなくなったらやめてもいいと言ってる。