いっとき避難場所

日々是好日

侮辱について

たぶん、わたしがあの場所において援助者を侮辱したのだ。

そうして、援助者を傷つけてわたしが去ったから、わたしは鬱になったような気がする。

 援助者はわたしが死んで仕舞えば良いと思っているだろうな、とわたしは思っていた。(実際どうかは知らないし)

見捨てられるとかいう不安ではなくて、見捨てられるところで落ち着く何かがわたしの中にはあるらしくて、切り捨てられて初めて落ち着くところがどうもある。

 

 

でもなんでだろうかなと思う。

その前に何があったか?

 

わたしはどうしてこの先生は母の肩ばかりもつのだろうと思っていた。

まるで見方が母のようで、同じようにわたしにいう。

 

わたしの仕事についてそんな仕事は…とかいう。◯◯みたいな人がいるわけでしょ。

確かにそうだけどみんながそういうわけではない、とわたしは言い返す。でも、怒りでいっぱいだったと思う。

それから、わたしに問題があるからかくかくしかじかの事柄にあったのだ、とか。

 

 …その時は今よりもさらに、わたしは自分の感情できちんとそれを語ることができなかったから、言われた時にそうなんだ、と思ってじっとしていた。

気持ちの面では混乱していた。

 わたしが子供の頃に守衛のおじさんにどうもいたずら(って友達がいうには、単に触りまくられていただけらしいけど。友達は警戒していたから、わたしを出来るだけ近寄らせないようにしていたらしい。)されていたらしいこととか、そういう話は、絶対に医者にはできなかった。母にできなかったのと同じように。

怖かったからだ。

わたしが発達に問題があったからとか、わたしがぼんやりしていたからとか、言われたらたぶんわたしは怒りと悲しみでとても立ち上がれないからだと思う。

それから、何をやりたいかなあということも言わなかった

 

 …わたしは就職しようとした時に、母にまたしても反対された。

洋裁学校を反対されたみたいに。

その時、母は祖母にこの子に洋裁学校に行かずに大学に行くように説得してと言った。

それで、祖母は、本当にためらいながら私に、大学に行くように言ったのだった。それでわたしは、進路について諦めた。

 

いざ、大学を出て、わたしは、言うなれば救護施設のような仕事をしようとしていたのだが、その時また母が、そんな仕事はやめなさい、と言った。

それで、祖母からも説得してもらおうという話をしていたのだが、

わたしが祖母に相談した時に、祖母は言った。

 

"それは、尊い仕事よ。わたしがおかあちゃまに話してあげる"

 

そうしてわたしはその仕事について、結果的には相当きちんとした就職をした、ということになると思う。社会的に自立した。

 

…という話をした時に、

わたしの目線から、先生は、

"ふん、尊い仕事ねえ。"

と、バカにしたようにいった、ように見えた。

 

たぶんわたしは激高していたんだけれども、ぼんやりしていた。