いっとき避難場所

日々是好日

言えなかった

わたしも悪かった

その視線がこわいのだとか、そんなこと言われたくないとか、自分でうまく自覚ができず、バラバラになっていてわからなかったのだ。

それでたぶん無意識的にその嫌な思いに見合った何かを得ようとした

 

けど、そんなのわたしにとってなんの意味もないのだ。

 

 

わたしも自分のことを恥じていて、他人を攻撃したことで自分も怯えていたのだと思う。

だから鬱病に近い状態になっても他の病院に行くとかはできなかった。

 

とりあえず鬱病らしい症状はだいたい治ったし、自分がどれだけ自分の気持ちに無頓着でいたかも、わかった気がする。

だから、それはそれで良いのだ。

 

きちんと誠意のある応答ができるかどうかは、結局のところ自分の気持ちをどれだけ自覚できるか(わたし一応リアルタイムで反応はできるみたいだから)、

そういうことにかかっており、それをきちんと言語化することもまた必要なのだ。

 

今の時点で百パーセントなんて言えないけど、

もうそういうことはしませんと、

そういう風にわたしはなりたいと思うし、

少なくともそのためにいろいろ考えてはいる。