いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

ゆっくり治る

大学の友達のたのしそーなfacebookを見ている

ママ友の溌剌とした日々の育児の話を聞く

 

わたしは、まあそんなわけで誰にもほとんど会わないで、引きこもっているわけだけど

(固まってしまいそうで怖いのだ)

 

 

昔から、友達と楽しく遊びたいのだ。

他の子たちみたいに、つるんでキャッキャッして楽しく遊びたかったのだ。

 

…確かに、うまくかんでるときは楽しく遊べるんだけど、ある瞬間になると、サッとわたしはひいてしまう。突然上から眺めてるみたいになって、悲しくなって寂しくなるのだ。

それがものすごく辛い。

いま、楽しんでいるわたしは、私じゃなくて、本当の私はすごく昔から今に至るまで、楽しいなんてことは一回もなかった。

って思う。

 

ニコニコしてるわたしは、

ある瞬間に、ずっと怒ってる私に切り替わる。

 

そういえば、むかし母が、あなたは突然変わるから怖いって言ってたけど、実際スパッと切り替わみたい。

 

それで、言われっぱなしで我慢するとかやられっぱなしになっているのを傷つかないようにして生きてきて、限界になったところで怒って、切り替わって、切り捨てるというのを繰り返してきたのかな。

 

わたしは、友達が欲しくて優しく振る舞おうとする。

でも、内心には別の自分がいるような気がしているので、ちゃんと気持ちよく分かり合える感じが全くしない。

一生、誰とも分かり合うことができなくて、

こういう感じなんだろうかと考えると、非常に絶望的な気分になってくる。

自分がずうっと深海の難破船の宝箱にでも押し込められていて、永久に出ていけないような気分になるのである。

 

それがつらくて、死にそうになるのである。

 

だとするなら、生きる手段はそんなにはなくて、

切り替わらないような自分になるか、

あるいは、切り替わっても大丈夫な人と接するか、なのだけれど。

切り替わっても大丈夫なひとというのは、いるんだろうか。

 

なんつうことを初めて言葉にしてみる。

 

先長いな、カウンセリングに行けば良いのかもしれないけど、頻度とか時間考えると微妙かもなあと思う。