いっとき避難場所

日々是好日

いじめと後遺症

小学校四年生の時にいじめにあった。

私立だったんだけど。

 

ほぼ一年間、◯◯菌と言われていて、給食の時間とか授業の間はわたしだけ席を離されていた。当然誰もわたしと話さなかったし、わたしの備品はいつも朝トイレに捨てられていたり、行方不明になった。机が昇降口に行ってしまって行方不明になっていたし、押されたりもしたけどあんまりその辺は覚えてない。

泣きながらやり返したら、相手が泣いて、その時にみんなに、"お前は◯◯をいじめた!"って言って先生に言いつけられて責められた記憶がある。

 

学級会が開かれて、どうしてわたしをみんながいじめるのかという話になった。

わたしが汚いからだとか、言葉遣いが変だとか、自分勝手だとかいろんな意見が上がった。

わたしは何もいうことがなくて黙って聞いていた。

それで、結論として、お風呂にちゃんと入りましょうとかそういうことになった。

言葉遣いについては、わたしが母から、大人に対して敬語を必ず使うように言われたからだと反論して、それは先生が良しとしたらしくわたしの方があっているということになった。

自分勝手というのは、どうしていいかわからない。別にその頃教室から離脱したりするわけじゃない。

授業中に内職で本を読んでたりするのがたぶん先生からしては気になったんだとは思うけど、自分勝手と言われても周りに人がいないから大概単独行動になるのであってどうしようもなかった。

 

お風呂に入っていない、なんだけど、その頃私は実際問題お風呂に入るのが週に一回だった。

自分が子供を育ててみると信じられないんだけど。

古い人というのは割とそういうのが鷹揚なのだ。祖母もお風呂が嫌いだった。

母は弟の受験で忙しく、ほとんど家にいなかった。家に帰ると鍵が閉まっていることが多くて、仕方がないので近くの祖母の家にいった。

鍵を持たせるときには先生の許可を得ないといけなくて、まだそのころは鍵っ子というのが先生の同意を得られにくい時代だったと思うから、それがもしかしたら母は嫌だったのかもしれない。

あと、持ち物が祖母が作ったものばかりだったので、現代的なセンスとはかけ離れていた。一人だけ昭和初期みたいな感じ。

 

それで、持ち物を変えたい、言葉遣いが敬語なのは浮くから嫌だ、お風呂は増やせないのか、というのを相談した。

かなり母の気に障ったみたいで喧嘩になった。

 

とにかく、そんなに気になるならシャワーを浴びるということになった(わたしはそのころ、弟や他の家族がどういう風に生活していたのか全然しらない。学校から帰ると毎日習い事で、朝と夕ご飯の時だけしか会わないからだ)。

だけど、敬語については周りの人が下品なので気にする必要はなく、アウトオブデートな持ち物については、家族に作ってもらったものを持っていけるというのは幸せで贅沢なことであるから、そんなことを言う人たちは無視しろと言うことになった。

あと、いじめにあっているということは、みんながあなたを羨ましがっているからだから、気にしてはいけないという風に言われた。

 

…わたしは毎日辛かったのだが、逃げ場は当時近かった父方の祖母の家があった。

祖母はいつも甘い紅茶を出してくれて、わたしは庭で遊んだ。そのころわたしは抜毛症が出始めて、それに祖母が気づいて母に言ったのだが、母は特に気にしなかった。

四年生の時に祖母が癌で亡くなった。

わたしは世田谷の母方の祖母の家にしばらく預けられてそこから通った。

 

そうして、五年生になって、わたしは母親に反抗し、言葉遣いも敬語をやめて、カバンとかも買うと頑強に主張してみんなと同じキャラクターものにした。

そうして、気がついたら人気者になっていた。

なんだけど多分わたしの中には根強く人間不信があるんだと思う。

わたしが努力しなければみんなの輪の中には入れない。

今わたしを学級委員にしようというひとも、去年はわたしのことをいじめていた。

みんなは心の中でわたしのことをまだ汚いと思っていて、でも、わたしが明るくて楽しく振る舞うから友達になる。

誰もわたしの辛かったことは考えない。

 

そして親は、わたしが反抗的であると責め立てた。