いっとき避難場所

日々是好日

語ることへの要求

カウンセリングというものを

わたしは全く勧められないと思うのだけど、

少なくともこうした事柄はを起こしたことがない援助職としてのわたし自身の記憶としては、

語ることが人を正常化させうると感じている部分はある

ただ、それはいまだにそういった事柄がなかったということだけで

今後もないかというと微妙なので

やはり、自分が同じだけの苦悩と戦う覚悟のないままでは復職できないなあと思う。

援助職がお金をもらえるのは

人の苦悩に対峙するときに、メリットを目指して、経験と能力と知識を提供して役に立てるか

 試行錯誤するからだ。

結果が出ないときに謝ったことはわたしは山ほどある。これは多分珍しいことらしいけど、それは、わたしの敗北だからだ。

わたしにとって資格があることはその、課題に対峙するためのパスポートをもらったということに過ぎない

お金も大事だがもちろん、

お金は他の手段でも本来得ることができるものだから、言い訳にはならんだろうなと思う。

他人のことは知らない。

 

 

ただ、すべての聞き手がそうではないから

自分がかたるならきちんと選ぶ必要がある。

外傷の程度に応じて。

 

そうしてわたしもいま、本当は聞き手を必要としている

 

多分ね。

 

だけどそれがマイルドな形で日常に溶けていくかどうか今の所よくわかんない。