いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

空白

今度は、病気であった25年の間が、まるで空白みたいに思える

それはたぶん混乱していたからなので、記憶はちゃんとあるし折々きちんと選択した動機も憶えている

 

ただ、そのときその時の感情が混乱していたとしか思い出せない

実際喜怒哀楽なんて実感としてはあってないようなものであったから、仕方ないのかなと思う

 

今ならあるのかな

それがよくまだわからない。

 

何もかもがわたしの経験ではなくて他人の経験のような気がしたりもするけどそうではない

 

ただ他人の経験のように感じてきた事柄だから、感じた事柄のひとつひとつや、起きた事柄が、大したことではないような、大したことでもあるような、そんなものであったのかなと思う

 

あるいはわたしはまたそうやって過去を切り捨てようとしているのかな?

 

最後の一年に感じたあらゆるものに対する怒りと、病院の先生の視線だけ峻烈に覚えていて、あとは何もかもがぼんやりしている

 

まだ動くことはできないのだけれど

この25年の間のことが

ほんとうに単に混乱していただけなんだろうかとぼんやり思う。

 

実際問題、不完全ながら他人のようにその時間を生きてきたんだなと思う。