いっとき避難場所

日々是好日

9月9日の日誌

朝七時起床

朝は昨日の喧嘩の余波で夫と気まずいままではあるが挨拶はする

 

朝ごはんは夫が子供の求めに応じてホットケーキを焼いてくれていたが、

気まずい空気のまま二階で寝てしまう

 

わたしは昨日買った沢山のさわらを、一部は幽庵に、一部は味噌漬けに、一部はハーブとオイルでマリネして、タラは小麦粉をつけておく。

一部は冷凍しちゃうかもしれないな。

週に3回さわらが出たら幾ら何でも嫌だよなあ。

 

下で些か傷心でぼんやりしていたが

ふと思う

 

家計の危機であるならば一致団結して問題解決に当たらなければいけないところ

我々はこんな理由で争っている

敵が家庭の中にある状況では家計の危機なんてものは解決できようはずもないよなあ…

 

と、反省したので、夫に謝罪して、

自分の医療保険の整理をすることにした

夫は使い勝手が悪く一年ほとんど使っていないレンタルビデオ屋の会員登録を抹消に行くということになる

 

それから、風呂桶にハイターを張り、風呂の蓋だのプラスティックの椅子だののカビ取りを試みる

洋裁用具の整理に着手。

 

ふと、他人の話を聞いたりしたりして見るのも良いかもしれないと思い調べたら今日がたまたま近場であったので、家族の昼ごはんを作って、急遽出かけることにした。

夕飯は先日冷凍しておいたトンカツを食べてもらうことにした。

 

お話会が終わり

かるく事後に飲み会のようなものがあって

 

帰ってくる

 

子供の寝かしつけは終わっていた。

 

人の話を聞くことはいつでも有意義であっておもしろい

…それがまえの職業であったが、もともと他人の話を聞くことが非常にすきであって

子供の頃は1時間くらいの話なら全部覚えて繰り返せたな

 

…あきらめればよいという考え方も世の中にある

わたしもそう思う

 

ただ、あきらめなくてよかったということも世の中にある。

だれだって苦しいのである。

 

だけど、畢竟、多くの人は総理大臣になろうとしてなれず、ノーベル賞をとろうとして取れず、エベレストに登頂しようとして至れないのである。

 

津波から逃げてかけあがろうが、一歩一歩登ることが楽しかろうが、所詮登頂のおぼつかないエベレスト登山だが、

どちらかといえば後者の方が登頂できそうな気がする

わたしは。

 

考え見れば、いますでにわたしは、一歩一歩を登っているのだ。

山頂の眺めなんて登って見なければわからない。

見通しというのはすでに登ったことがあったり、登った人の本を読んだら話を聞いたりするからとれるのであって、

それを思えば、いま踏み出す一歩を楽しめているか?

が大事だなと思う。

つまり先を考えて惑うことじゃなくて

まず"目に入ったもの"に取り組むことだ。

 

解離性障害でかたまって動かないことに比べれば、それは割と楽しいプロセスだ。