いっとき避難場所

日々是好日

"社会的自我" ミード

今日、本が届いたので読み始めた

冒頭はあんまり、刺激がない

刺激がないんだけどせっかく買ったのでちゃんと読もうと思って読み進めている。

 

そもそも、わたしはこないだ読んだデューイの"学校と社会"という本がすごく好きだった。

子を持つ母として、また、自分がマス教育に適応できなかった子供の成れの果てとして、デューイスクールのイメージがとても魅力的だったからだ。

 

で、今回調べていたら、なぜかデューイとミードが一緒の本に入っていたりしたので、???って思ったら、

要はアメリカのプラグマティズム、という流れの中に二人はいるのだということらしかった。

 

ミードのこの本はまだ冒頭しか読んでないけど、主体と客体としての意識の構造に言及している(このへんの思想自体はなぜか昔の西洋の人は苦手みたいなんだけどなぜだろうか)

と、いうことで自我論というか不可知論みたいな、そういう話になっていくのかなとぼんやり予測しているのだけれど、

それにより主体による身体的な経験のようなものを重視していくという立場になるのか知らんと思う

まだ最後まで読んでないからわかんないけど

逆行するみたいだけど改めて、カントとかヘーゲルとか読んでみようかな。

中学のころにハイデガーを読んでその頃タイムリーにパニック発作を経て離人症になったため、同時にそこで止まってしまった(と、自分は思った)

 

なぜこの本わたし買ったんだろう

 

 

ところで哲学の最先端てなんだろうと思って調べてみた

こういう、自我論みたいなのはどうにも東洋にはないような気がするのだ。

老子?とか?なのかな、読んだことないからそっち先に読んだら良かったかな。

 

だけどどちらにせよ、なみではない一部の人の仕業なのかなという部分もあって、

これをマス教育(大変西洋的だと思うんだけど)の分野に結びつけようとするデューイの熱意がわたしはとても素晴らしいと思う。

 

こういう教育があって欲しいなと思うけど

ノイズが激しくて実現するのは大変だろうなと思う。

 

てか、働けわたし。