いっとき避難場所

日々是好日

社会福祉士

そういえば

病院でバイトするときに、守秘義務契約も何もなかったものだから、大丈夫かよと思っていて、

そういうのを自分持ちにできれば何かあった時にも先生に迷惑がかかんないんじゃないかと考えて、社会福祉士の登録をした。

試験自体は10年くらい前に受かってたんだけど仕事では必要なかったから登録してなかったのである。

 

…しかしまあ、今思えばあの時してなければ一生登録しなかっただろうなと思う

今はもう、ソーシャルワーカーなんてこの先、やらないんだろうなと思うことだけれど、

昔は精神科のMSWを一回やってみたいと思っていた。

 

新人の時に50年くらい入院していたおじいさんを受け持った。

その人が、退院促進の制度で退院したのだが、みんなの心配を少しづつ乗り越えて、数十年ぶりにアパートで暮らし始めた。

本当に優しい人で、みんなに助けられながら明るい部屋で生活を送った。

幸せそうに笑っていた。

その時に、普通の生活を送るということってこんなに貴重なことなんだなとぼんやり思った。

最初はおっかなびっくりに援助し始めた関係者一同が、だんだんにそう思っていったのがよくわかった。

精神科の入院には入院の安心があり、長い入院を経て退院すると決めるのは勇気のいることである。

そこを、死ぬまでにあえて退院したいと50年の入院期間を経て考えたおじいさんは、すごいことなのだということが、新人ながら少しずつわかってきた気がした。

彼が書いた、鉛筆で書かれたまるで緻密な迷路のような密度の濃い絵を見せてくれたのを覚えている(のちに、若干似たような絵を何回も見ることになったが)。

この人はどんな世界に生きていたのだろうと思った。

(これはだいぶ年数が経ってから思ったけど、怖かったんだろうと思った)

 

…MSWは、当然費用回収とかベッドコントロールが大きい部分もあるのだろうけれど、ああいう、仕事ができる精神科のは面白そうだなあ、と思ったのであった。

ま、もう関係ないけど。

 

 

久しぶりの夢をみた

一ヶ月ぶりに元の病院に行く夢をみた

 

転院しますと医者にいおうと考えている夢だった。

わたしはなんらかの賞状を持っていて、それがなんだったか後から考えると、さっき書いた、個人情報で先生に迷惑がかからないようにとっておこうと登録した時にもらった、社会福祉士の免状だった。

ムソルグスキー展覧会の絵をかけながら、近隣の駅のエスカレーターに乗った。

実家の父のことが気になるなあと思った。

 

目が覚めかけて、あれ、おかしいな、わたしはもう一年近くあそこに行ってないんだよな、なんでだっけ…

と、考えて起きたら朝の六時だった。