いっとき避難場所

日々是好日

書いていいこと悪いこと

なかなか書いてはいけないことというのが多い

 

一年近くこのブログを書いてきたので、

たまにそれを忘れそうになる

 

精神的に多少なりとも安定してくると、

考えることがだいぶ変わってくるので、当初の錯乱状態とは違うことを考えるようになる。

 

そうすると自分のプライベートなことをつい書いてしまいそうになって

それは良くないなと思い返すんだけど、

だいぶ治ってきたのでブログ自体をもう変えたほうがいいかなとも思う。

 

ま、治ってきたと言っても現実になしえていることは大して改善していない

 

精神科(医)恐怖症が若干改善の兆しを見せているとは思うけれど、それはたんに引きこもりから"患者"になれるようになったというレベルの改善であって、

働いていた人が患者になったとかそういう問題ではない。

 

思い返せば、最初の頃は、診察に行くのは気持ちが楽になってよかったなあと思う

会社を休職した時は少し疲れて離人症が強く出ていたのだけれど、通院を始めて、最初の2-3回くらいは精神的に安定して友達に会いにいったり、人に話しにいったりもできるようになったのであった。

先生とお話しすると落ち着いたし、こういう医者もいるんだなと思うとそれだけで救われた気がした。とりあえず疲弊したわたしにはそれもありがたかった。

そのまんま淡々と回復して社会に戻るということがなぜできなかったのか、わたしにはいまだに、釈然としない部分はあるにせよ、

それはそれで楽しかったかなと思う。

アルバイトも、事務や心理士にいろいろ言われて最悪だったけど、先生とのやりとり自体は最後の最後にわたしが消耗して切れるまでは、変な動物みたいで悪くないなあと思っていた。

意味のある仕事は整理整頓くらいだったと思うけど、わたしが、通院する必要がなくなるまでいられたらいいなあとちょっと思っていたのだ。

現実は、病院のスタッフ的に必要がなくなったら二度とこないでほしいという、結論になったのだけど。

 

わたしに解離があって治ってないことを誰もが忘れて言いたいことを言っていたのだろうし、カウンセラーは解離性障害というものをたぶん全くわかってないと感じてはいた。

 

…わたしは少なくともあの時点では解離性障害だったし、記憶飛んだり名前ついてる人が中にいたりしたので、それはつまり、誰にも守ってもらうつもりはないということ(できない)だったんだろうなと思うけど。

 

鬱はある意味地獄のようだったけれど、もともと地獄を隠し持っていたものが顕然化しただけだし、それを見つめる価値があったとは思う。

もしや、それを見越して大変な鬱に落とそうとして先生はわたしを導いたのだろうか。

 

 

わたしにとって離人症がない人生というのは、

今までよりも密度が濃くて、多面的であるように思う。

ケアレスミスとか整頓できないという症状が激減した。

 

もはや、少しづつ過去のことである。

 

よかった記憶だけを残せればそれが良いけれど

人生そういうわけにはいかないのだな。

 

そんなこともありました、というのが限界。