いっとき避難場所

日々是好日

人間関係の悩み

ずっと、以前の職場の人間関係のことを思い出して、

あるいはバイトしていた通院先での人間関係のことを思い出して悩んでいた。

自分のどこが悪かったのかとか、どうしたらよかったのかとかも含めて。

 

昨日ふと、もはや自分は長期引きこもりであって人間関係自体がほとんどなく、

今悩んでいる人間関係が所詮過去のことであると気づいた。

悩む意味がない。

 

前の仕事は正規の仕事であったから、人間関係をなんとか学んで適応しようと頑張っていたところはあったと思う。

通院先バイトは医者に陽転してたから必要とされる間は役に立とうと思って、何言われても耐えられる限りは耐えてるつもりであった。

 

翻っていま、人間関係をキープするような理由が何一つない。

お金を稼ぐ必要はあるけど子供が二人まだ小さいし、保育園はやめちゃったからバイトすらまともにできない。

キャリアがあるのは福祉だけど、自分に失望しきっているしもうやらないつもりである。

バイトでそんなに人間関係に悩むとか考えられない。

今後、上司や同僚から何を言われても耐えるつもりとかいうのは普通の世界では虐待というかパワハラだと思うので、流石にやらないだろうと思う。(お金のために我慢するというのは目的があるのでたぶんそんなにやられないと思う)。

 

仕事がまともに発生しない立場において、人間関係の悩みなんて、悩む価値があるんだろうか。

わたしはなんで、失った腕が痛むようなことをずっとやっていたのだろうか。