いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

できないものを練習するとできるようになること

アルバイトしている事柄は、今まで私が仕事としてはやったことがなくて、ひとから向いていないと過去に言われたことだ

 

そうして、いまわたしがアルバイトで学んでいることは、

技術もさることながら、できないことを諦めないで何度も繰り返すとできるようになるという経験だなと思う

例えば、まっすぐできないことが何度もやってるうちになんとかなってくるとか、そういうこと。

本当に、この歳になってそういう、努力と習熟について仕事から学べるのは奇跡みたいでありがたいなと思う

 

 

ようは

私はできなければいけないとずっと思っていて

何かをやるときにできないできない!と思うとパニックになっていたのだと思う。

できないと私は居場所がないとか、そういう感じに思えて、ついつい追い詰めてしまう。

離人症でフリーズするのだ。

今もものによっては同じことになってるなと思う。

なのでセンター試験も2年連続科目を間違えたり大変なんだけど、それでもこれでいいんじゃないかなと思う

そういう意味では、現時点でできる範囲で受かりそうな学校に行っても意味がない

仕事してる方がよっぽどいいわな

努力してなにかじりじり変えていってみたい

生き方を変えるというのはそういうことだ

だからわたしの問題は、本当はもっとシンプルなことだと思う。

 

これはこのまま  できないことを練習する訓練を続けようと思う。

さしあたって全く弾けないギターを練習しているけど。

左手がめちゃくちゃ痛いんだけど、果たして弾けるようになるだろうか?。

 

 

 子供の頃は、あんまり努力しなくてもそこそこできてしまい、本当はちゃんと努力している人に勝てるわけがないというのが、わかってきてはいたけれど、そうすると、母ががっかりするような気がするから、できないことを認めて努力することが難しかった。

 あなたは可能性がある、良いものを持っているとみんなに言われる、やればできるのに、というのが母の口癖だったなと思う。

 私がすこし努力して失敗すると、あんなにやったのに駄目だったの、というふうによく言っていた。

 そうして、あまり要領のよくない弟にかかりきりだった。

原因を追求しようではなくてたんにそういうことだったというだけ

 

 

でも、今思うに、

人生で得られたものは大概努力でできている

 

 

わたしは、患者として、例の医者はどうかと思うけれど、

言葉ではなくてもひしひし伝わってきたのは、この人は昔はすごく努力したのだなということだった

それでそこの部分は最初から尊敬していて

そうして、そこの部分だけは見習おうと思った

後のことはもう忘れてしまうだろうと思うし

‥もしわたしに記憶を飛ばす能力があるなら

いっそこういうことに使ったらいいんじゃないかなと思うのである。