いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

祖父を重ねる

わたしが学校に行かず引きこもっていた数年の間

わたしは祖父にいろんなことを教わった

一番記憶に残っているのは漢文で

いくつかの詩を暗記した。

 

うちの実家はみんな幼稚舎出身だった。

…なんとなく感じる、あの根拠のないへんな自信みたいなのがわたしは今も苦手だ。

誰一人勉強ができないのに、なぜかやたらと自信がある。

幼稚舎をでたひとは、慶応なのに東大生よりもへんな話良いと思っているようなところがある。

所与のものを自分の栄光だと思っているのかもしれない。

他人が良いというものを自分が良いと思いこんでいるだけだ。

幼稚舎だって六年間担任持ち上がりとか意味わかんないシステムだし、面倒見はいいけどそれ以外たいして良いとも思わなかった。

 

…その点、祖父は東大だったので、根拠のない自信ではなかったし自分は勉強したのだという話をしていた。

 

わたしは幼稚舎ではなかったし

どちらにせよ努力するしかなかったわけだけど

…それも大して努力はしてなかったわけだが、

それにしても努力不要で入っているひとに馬鹿にされる(母だけど)のは嫌だったなあと今にして思う。

 

世の中はそれがオーソリティーである。

わたしの昔の職場でも今の職場でもそれはマイノリティなんだけど。

 

多分わたしの

最初の精神科における転移は祖父なんだろうと思う

ある意味わたしの憧れであって、家庭に居場所のないわたしの拠り所だった。

祖父と例の医者は学部は違うけど。

なんだろうか、多少似通っていたように思う部分がある。

が、多分祖父の方がずっとバランスが良かった。

全く違う。

もっと冷めていたしあんなに気持ち悪くない。

 

それよりも

とにかくここ数日の間、例の転移の騒動を思い出すと気持ちが悪くて仕方がない自分に気がつく

とにかく気持ちが悪いのである。

自分が嫌で嫌で仕方がない。

非常に汚いというかはずかしいというか。

 

なんであんなことになったのか。

 

思い出したくない、は正しいのだろうか?。

 

忘れてしまえ、は正しいのだろうか。

 

残りの人生において、気持ち悪いものや汚いものから目を瞑れば、また同じようなくだらないことをしでかしやしないだろうか。