いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

夏の始まり

昔 働いたり、大学に行っていたとき

夏の始まりの散歩が楽しかった

 

20代の頃は井の頭公園の奥のペパミントカフェのテラスで、梅雨の雨を眺めながらぼんやりしているのが好きだった

考えてみればあのカフェもずうっとあそこにあるんだな…

 

ただでさえ暑苦しいのに いせやの煙で燻されて

酔っ払って吉祥寺の街を歩いた

月窓寺に迷い込んで境内でぼんやりしたな

 

西武線沿線に住んでいたので、自転車で帰るのだけど

結構遠い

武蔵野はあっち側は比較的平地なので今みたいに電チャリでなくても帰れるんだけど

一人暮らしの家に帰ればホッとして

だけど 夏にダニが大量発生して大変なことになった

 

さすがに、もういろんなことが過去だけど。

いろんなことがあった人生だったって言えるかな?

あんまりいえそうもないな。

やりたかったことあんまりできなかったし、つまんない人生だったな。

それでいいのかね?

…って思うんだけど。

すごく昔からわたしは自分の人生なんてとっくに諦めてるんだなと思う

 

中学生になるかならないかの時の夢は、科学者だった。

なんで諦めたのかよく理由が思い出せない

引きこもっていたから?

気がついたら、自分は雪国の駒子みたいに生きるんだと思っていた

 

つまり女だから?

 

考えてみたら、そんなの全然大丈夫だったと思うのだけど。

 

わたしが家庭でうまくいかなかった理由はなんだろうかと話した時に

先生は、"あなたが大変だったからお母さんが大変だったのだ。そんなことはもういいから、バイトしない?"

って言った。そうか。そうなのか。

わたしはそう思ったんだけど、だいたいわたしがそう思うときはひどく傷ついたときなのだ。

思い出すと死にたくなることだ

なんども思い出してればだんだん麻痺してくるけどね

 

わたしとしては、ようはそれまでに話したこととか、考えたことというのは、先方にとってはどうでも良いことで、結論というのはあなたが面倒だっただけだという風に言われているように思ったかな

"あなたが話したことというのは所詮どうでもいいことなのだ"というメッセージよね

そう感じた

 

それはまあ事実だ

本当にそうだと思うし、そんなことを話す間があったら本当は、仕事をやめないで働くべきだったし現実に対峙するべきだったのだ

 

でも一方で カウンセリングは続けるべきだと先生は言ったわけで

わたしにはそれがよくわからないけど

今にして思えば、本当にあの時話していたことというのはどうでもいいことばかりだった

過去のことばかり、それもなんの因果関係もないことを反省してばかり

 

 

…だいいち、お母さんが大変だった、はそれでいいと思う

先生はそう考えたのだ。単にそれだけ。

他人にそれ以上のことを期待しても仕方ないけれど

カウンセリングとか精神分析みたいなものはもう少し慎重でもいいかなと流石に思うけど、それ以上でも以下でもない

わたしが例えばお客さんにそう言われて、いくらなんでもそんな風には言わないと思うもの

(そんなこと言ったら大げんかだ。)

 

でも強いていうなら、

"あかあさんはあなたにどういう風に生きて欲しいと思ったとあなたは思ったのか"

(あなたってわたしのことだけど)

であって

そこに、わたしが鬱になる原因がある気がする

 いつもそれをプレッシャーに感じる

 

しかし、それですら、それは実在の母とも関係がない

所詮、わたしがどう思ったかの問題だ

 

なぜ諦めたのか?

それが、核心みたいなものかなあと思う

 

犬の散歩をしていて

ふと夏の始まりを思い出した