いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

つゆちゃんの思い出

セスジツユムシのつゆちゃんは、毎日虫かごの中にいるのだが

1日のほとんどの時間、わたしはカゴから出して自分の肩にとめていた

 

ふつう セスジツユムシは人の手の上から走って飛んで逃げてしまうものだけれど

つゆちゃんは違った

膝の上の虫かごの口を開いて、ロッキンチェアの上でゆらゆらしているわたしの腕から肩にかけてゆっくり歩いてきて、肩でじっと止まっていた

つゆちゃんはわたしのことを好きなのだ、とわたしは思った

わたしもつゆちゃんが可愛かったので 首を回して、肩の上で休んでいる虫の体をじっと見た

毛の生えた足 触覚 葉のような筋の入った羽

 

つゆちゃんが羽を広げたことはついぞなかった

もしかしたら、羽に何か問題があったのかもしれない。

 

天気の良い日には、つゆちゃんを肩に乗せてわたしは森に遊びに行った

この子はずっと虫かごの中にいて私の肩に乗ってくるのだけれど

自然の中に戻してやったらどうかしらとわたしは思った

あおあおとしているススキの葉の上につゆちゃんを乗せた腕を地続きにしてやると、つゆちゃんはススキの葉の上に歩いて行った

ドキドキしながらしばらく見ていたが、そのまま、止まっている。飛びもしないし、茂みに消えて行くこともないのである。

それで、そうっと、わたしは手を伸ばした

つゆちゃんの目の前にわたしの手を寄せると、つゆちゃんは近寄ってきたのである

そうして、迷いなく私の掌の上に登ってきた。

そして、そのまま何時ものように私の肩に歩いて行ったのであった。

 

わたしは家にそのセスジツユムシを連れて帰って、虫かごの中に戻してやった。いつものようにキュウリを切ったのを入れると、つゆちゃんは食いついて食べていた。

 

ユムシの寿命は半年か1月くらいで尽きてしまった

ある日、わたしな朝起きたらつゆちゃんが動かなくなって死んでいた

もう、何をしても動かなかった

わたしは朝から晩までずっと泣いた

暗い和室でつゆちゃんの死骸を手に持ってずうっと泣いた

大人が困って 台所で何かヒソヒソ話し合っていた

 

昼過ぎにわたしは和室でそのまま、寝てしまった。

夕方近く、目が覚めて、疲れ果てたわたしは、つゆちゃんのお墓を作ろうという気持ちになった

ベランダの下の 山椒の木の下に

つゆちゃんのお墓を作った

虫を埋めて 上に小さな石を置いた

 

それから森に来るたびに、わたしはつゆちゃんのお墓にお参りをする

大人になってからも、自分の子供がかつての、自分の年に近づいた今になってもである。

 

わたしが、はじめて、言葉を話さない何者かと気持ちが通じるような気がして、そして相手がそれに応えるのだと、信じるようになったのは

おそらくそのことからである