いっとき避難場所

日々是好日

瞑想

8月の7日くらいから始めている。

長くするときもあれば5分の時もあるけれど。

もともと30分に限ってみたのだけれど、30分は時間的に取れない時もあるし、腰が痛くなる時があるので、寝た姿勢でやってみたりするとちょっと細切れになってしまう。

 

昨日まで、

雑念が出たときに斬って捨てるつもりでいた(以前座禅に行ったときにそういわれたから)けれど、そういうことをすると一瞬思考停止してしまうので(解離のときみたいな感じだ)、

そのまま雑念を眺めるようにした

思考停止してしまうのはもしかしたら離人症とか解離があるわたしの特性かもしれないけれど、なんとなく不快なので、雑念は妨げないことにした。

 

そのほうがいいみたい。

 

そうすると、雑念は自然に消えていくので

音や思考はわたしを通り抜けていくということがなんとなく感じられる

それはわりと幸せな感覚だ

 

あと、慈悲の瞑想なるものもしてみた

人の幸せ…の形というのが、私みたいな人間でも実は意外とはっきりイメージできるというのが不思議だった

そうして、それに続いて二十年後くらいの自分を思い浮かべると

それはまた幸せそうにしている姿がイメージできるので、とりあえず幸せな気分になれる。

 

いちいちこの瞬間が不幸であることになんの意味もない

幸せであろうがなかろうがやるべきことをやるのが前提だけれど。

 

瞑想って意外と気持ち良いものかもしれない。

たまにやってもこんなに感じたことはなかったので、訓練として続けるものなのだと思う。