いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

白隠

こないだ早稲田で開催されてる、禅画展にいってきた。

小さいものでそんなに点数は多くはないけれど、白隠の禅画に触れたのは二度目なので、まだまだ初めて知ることが多かった。

 

禅僧というものを良く知らないけれど、

しっかりとした系統的な勉強をされている学識のある人で、その上で自由闊達な書画だなと思った。

すり鉢の書画を見るとついクスッと笑ってしまったりもした。

目録をみていると、一口に禅画と言っても巧拙はあるし、ものすごい上手い人もいれば、どうなのかなと思う人もいるけど、白隠の絵は結構緻密に書き込まれているようだ。

 だけど、絵の表現力ではなくて抽象力というか、書画の天衣無縫さというか掛け軸を打ち破って放たれていくような力に魅力があるなぁと思った。

観世音菩薩とか、すごい。

 

充実した気分になった。

 

 白隠に限らず、禅画をみていると、すごい気迫のようなものを感じる。

 死が怖ければいっぺん死んでみろ。一度死んだらもう死なない。

 

 森田の恐怖突入は所詮怖くもないものを、こわいというのを見てみろという件だけれど、

禅のそれは死とか、本当に怖いものを見すえににいく感じだ。

 禅というのが、そもそもが、一人で立ち向かっていく感じだからだろうか。

 浄土真宗とはまた少し違う感じだなあと思う。

 

 白隠は夜閑船話というのを著していて一部が展示してあったのだが、全体をみてみたくて、ちょっと読んでみようかとおもっている。

 

 禅画の葉書とかあったら嬉しいなと思ってたけどなかった

なかったけど、展覧会じたいはとても楽しかった。

 

ちなみに十牛図のことをちょっと思い出したのだけれど、気がついたらそのようなものは特には必要ないのではないかと感じていた。

経過とはわたし自身であるからだ。

 

そういえば

最近、本居宣長を読んでみたいとおもっている

古文の勉強をしていたら、例文で出てきたんだけど非常に面白かった

ものすごく知的なんだけど、才気爆発しているような感じではなくてすごく穏やかな印象で、読んでいて和んだ。

ういやまぶみ?から読んでみようかなと

近世なので比較的読みやすそう