いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

2019-09-11から1日間の記事一覧

廃屋のはなし

空き地に半壊した家が残っている ススキの木が美しく光る空き地の奥まったところにある。 美しい庭園がかつてはそこにあったが れんがの花壇の中にはイネ科の雑草が勢いよく伸びるのみだ 荒れ果てた庭に植えられた果樹には誰も取ることのない果実がたわわに…

話し相手の不在

何事かを話したいけれど その相手が誰もいないということに気がつく 誰かとお話をして 感情を共有したいのだと気がつく こういうブログすら その代替というか かわりのものであって、それそのものではありえない。 働こうとか 仕事はできることを探そうとか …

集中して家事をする

辞めてしまったけれど あの時、前の職場の人に、自分が作業中も他のことを延々と考えていたことを指摘されなかったら わたしはずっと、あのままおろおろしていたのだろうと考えると、あれを指摘してもらったことは痛いことではあったけれど、 本当にありがた…

工場とヴェイユと注意欠陥

ヴェイユに万が一 揚げ油の中に足を突っ込むような注意欠陥があったからといって 単純労働が向いているとはとても思われないし いわんや工場で働くことが、すくなくとも工場の生産に寄与したとは思われない (✳︎1ヶ月くらいしてからこのエントリーを読んだら…

身体性と精神療法

漠然とした直感的な思考でしかないのだけれど およそ 身体性(身体的な感覚)というものが精神療法には(当然かもしれないけど)欠けてるんだろうなと思う 西洋というのはどうしてもロゴスに偏る部分が多くて身体的なもの…感覚だとか無意識といった、言葉に表す…