いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

 みんなで劇の練習をしていた。

わたしも歌ったりする予定で練習。

 

 でも、周りの仲間の人や現場監督とすれ違って、うまくいかない。当日、いってみたら、わたしが歌うポストはないみたいだ。

 次々と歌う人たちが劇場に入っていくのをみているけど、わたしは入れない。

 入ろうとすると、一緒に練習していたはずの女の人に止められて、あなたは入ってはいけないことになっている、と蔑むように言われて劇場自体に出禁になっている。ホールの待合で、強行突破しようとしたら、男の人の門番にも止められる。銀河鉄道みたいな演劇?ミュージカル?らしい。

子供と夫は聴きに入ってしまった。

 

わたしは、どうして入ったり歌ったりしちゃいけないことになってるの?聞いてなかった、って女の人に抗議するけど、無表情にあなたはダメだって言われて入れてもらえない。

 現場監督も、わたしを入れるのはまずいと思っているらしい。

 

会場アナウンスが流れる。

機器の故障、事故?により演劇が中断している。出口が大変な混雑になる予想である、と。

 

わたしは、何で入れないんだろうと尚も思うが、女の人に向けて長い手紙を書こうとする。どうして入ってはいけないとまで言われるの?歌ってもいけないってわたしそんなの聞いてなかった。一方的にひどすぎる。

 

細長いメモを破って書くが、不規則な形でうまくかけない。

男の門番が妥協してあきらめて?、メモを新しく渡してくれる。黒インクで書くつもりが、なぜかオレンジジュースでかく羽目になって、うまく読めない。

 

どうしようかなと思っているところで、目がさめる。

悪夢の類い。

 

 

ここ数ヶ月、身体じゅうがボロボロでこわばっていて

何かの病気になって来ているんじゃないかしらと思っていた。

昨日の晩、本当にわたし、緊張して疲れてたんだなって思った。

 

大変だった。

でも、

身体の力を抜いて休んだらいいんだ、って思った。

 楽になったらいいのだって。

 

拒絶されたとか悲しいとか怒りを感じること自体は仕方がない

この一年間、母や主婦であることを除けば、働き手であることや、患者であること、いろいろな立場でもっての存在自体を一気に拒絶されているから、辛いのは仕方ない。

それに、そういうことは初めてではない。

何回もそういうことはあったけど、乗り越えて来ている。

 

医師は私は、前の仕事があまりにも向いていないからやめたほうがよかったっていったけど、

わたしは自分の人生で、母親を始めとして、なんどもあなたは我々のグループに入るべきものではないっていう拒絶にあってるから、

諦めないでしがみつくということをしたくて、十年勤めたのだし、その結果、助けてくれる人もいたし、居場所もできたから、やめたくないと思っていた。でも、本当にやめたくないって思ってたのかな…。

 

それはそうと挙げ句の果てに患者としても、病院に出入りする人としても拒絶されて、

居場所を探して彷徨えということだろうか。

でも病院行けなくなったのはタイミングが突然だったから大変だったけど、準備してやめるのは当然だった。

結果的には、そういうことになるし、通院先で働いてなかったとしてもそういうことだ。

それは病院に行こうがいくまいが関係なくそうなっていたような気もする。

 

 

一つの弱者の理屈ではある。

 

 

まるはだかにして評価されるのは商品だし、わたしはそういう風に生きてはこなかった。

でも逆に、全てを見せることもなかったと思う。一番大事なことは言わなかった。

 

 いろいろあるけど、生きていかないというわけにはいかない。

排斥されたものは仕方ない。おそらく覆ることはないし、覆ったところで戻ったりするような、そこまでのメリットもない。

 

時間の解決を待つのが一番だけど、

その間に、淡々と、自らを整えて見るのがいいのだと思う。

わたしが排斥されないところが見つかるといいなと思うけど、今の所それはママ友くらいかな。