いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

弱者はシロクマのことを思い出しても思い出さなくても良いのか

 一体、わたしの通院先で起きたことはなんだったのか

考えてもたぶん、絶対にわからない気がする。

わたしのケースは大したことじゃなくて、世の中もっと異常なことはあるみたいだけど、

 人には恥ずかしくて話せないし、転院して心理士とかに話すのも怖い。

 それで、全貌は自分にもわからなくて、自分の感情もきちんと吐き出せない。

自分のなにがいけなかったのか、どこで誤ったのか、言葉にすることが憚られて前に進まない。

 

 進まなくてもいいのである。

気づけば同じ地点にはいないから、

だけど言葉にしたいと思っても自分の中に抵抗があってできないのが辛い。

 

 世の中には、考えてもわからないことがある。考えてもわからない人の気持ちというものがあって、想像はできるけど納得できないことがたくさんある。

 

 悪夢だと思って忘れたほうが本当はいいけど、シロクマ効果は非効率だから適当に思い出したりはする。

  

何でそんなことになったんだっけ。

 

そもそも、通院先の事務が一気に辞めたらしくて事務がいなくなったというのが発端だったらしい。

わたしは、退職して半年過ぎたところで、友達から一緒に何かやらないって言われていて、通院もいいけどそろそろ、なにかやってみようかな?と思っていたところだった。

…さすがに患者なのに事務になったら周りの人も嫌なんじゃないですか、と思って、一回断ったけどそのときに、別にいいじゃない、世の中助け合いだしリハビリにって言われたのと、わたしも陽転してたからなんか役に立てるかなと思ってしまって、次の週に引き受けてしまった。それも良くなかった。

 

 

  始めたはいいけど、病院のバイトしてる間、わたしは周りの事務から、患者がここにいるのがおかしいとかまともじゃないとかいろいろ言われていて、それはすごく嫌だった。嫌だというよりイライラした。

 事務さんの言ってることは当たり前だし、その時はにこやかに、ひたすらすいませんと謝っていたけど、気がつかない間にわたしはだいぶ疲れていた。早くにやめれば良かったのに。

第一、そんなことをわたしにいうのはおかしいし、上司に言えばいいことだったのだ。

 

  わたしは他の事務の人の連絡先も知らないから(患者だったからか、教えてもらっておらず、向こうはカルテで内容も全部確認していたから教え合う必要もなかった)みんながメールでやりとりしているらしいシフトもよくわからなくて、電話して聞かなきゃいけなかったし、人としてプライドも傷ついた。わたしは自分のカルテなんて見る気にもならなかった。

 聞けばいいじゃない、とあとから言われたけど、空気が怖くて聞けなかった。

 

 わたしのカルテをほかの事務も閲覧できる状況で、上記のようなことを言われ続けるのはストレスだった。

 

  ある日、翌月まで予定に入れられていたので、上司に期間内での予定変更を言ったら、来週からもういらなかった、変更後のシフト見てなかったの?って言われて、その時は納得したけど、あとから忽然と怒りがこみ上げて来た。

 わたしは誰からも自分のシフトの変更なんて教えられていなかった。

変更があるならききようがあるけど、変更があるのかないのか知らないものを確認のしようがない。

 

 翌日、わたしは、疲れたからもう明日で辞めたいと上司に言った。シフトのことなんてそもそも全く知らなかったし、来る前提で子供のこととか自分の予定組んじゃってました、といった。

そうしたら、予定は戻せばいい、シフトなんて事務同士で教えあっているはずだから上司の責任ではないって言われたが、到底納得できなかった。

 さらに、その話を事務にしたら、"あなたは上司が来てもいいっていったらまだくるつもりなのか"って言われたのだが、それも腹が立った。

 

 さらにそこに陽転とか依存とかいろいろあったから複雑になって、わたしは病院に行く必要性がまだあって、依存が解けてなかったのに、周りの人たちからもう転院して欲しいと言われて拒否されたのも、解決できないまま、どうしてこんなことになるのかと、混乱状態に陥った。

 

 最後に、"きちんとシフトを教えて欲しかった、わたしにも予定がある"という話を上司にしたら、それはそうだとなったけど、勝手にやめるのかとかなんでそんなに偉そうなんだと言われたのが、もう限界だった。

"来たくないといっているのを来いといってるなら怒るのもわかるが、来なくていいといっているのになぜ怒るかわからない"

と言われたけど、

それはおそらく、数週間前にほかの事務からいろいろ言われるのに耐えかねて、ほかの人が見つかったらやめますと上司にいっていたからだと思うけど、

  結果的には、わたしが予定変更を言い出したときに、偶然わかるまで、来週までというのは知らなかったし、誰もわたしに教えなかった。

 最後に、上司に対して蹴り飛ばしたいくらい怒っていることを、わたしの担当だった人に伝えたら、もうみんなのランチのネタだから思い切りやっちゃって、と言われた。

…なんていうか、最悪な環境だった。

 

…たぶん

わたしが一番傷ついたのは、

事務に患者さんを雇うというのを周りの人が嫌悪していたから、

誰もわたしに予定なんて教えないし、連絡先なんて教えないし、患者のあなたがここにいるのがおかしいですよねって言われる状況を、

上司というか主治医に放置されたことだと思った。

一ヶ月近く、わたしの主な仕事は電話取りと、あと書類粉砕をずっとハサミでやり続けることだったから、ハサミを二つくらい握り壊して、タコも破れて怪我をした。

それで自費で手動シュレッダーを買って来て、そっちに変えたら、暇そうだということで書類整理に変更になったけど、それも昼休みの時間になったら、ほかの事務から今すぐ帰れとかいろいろ言われた。

 …だけど、よく考えてみれば、自分が何より自分を放置していたのだ。

 (もっと言えば、通院を続けてよくなってもいないのに、辛い辛いと言いながら一年間カウンセリングを続けた。陽転してて依存症だったけど、ずうっと軽く自殺願望みたいなものがあった気がする)

 

 …放置はされてるけど一応異常に陽転してるしできることはやりたいな、という変なロイヤリティがあったのが、たぶん、周りの人からしたら気持ち悪かっただろうし。そりゃ気持ち悪いですよね…わたしが同じ立場だったとしてもそう思うかもしれない。

でも、普通言うもんなのかね。

 

そもそも、社会復帰して働くなら、病院で働くよりも昔の友達の理解のもとでゆっくり働くほうがまだマシなんじゃないかと思うのだが。

 

 

でも、結果的に、喧嘩して辞めたことになって、口約束だったから交通費もないし、子供を預ける費用のこととか考えたら、本当になんのために行ったのかすらわからない。

…たぶん喧嘩したのは良かったとは思う。そのままフェイドアウトしたらもっとヘビーに鬱になっていた気がする。

あとたぶん、反省してるのは、事務さんから色々言われている時に、それが自分にとって嫌だったというのがあとから考えたらわかるのだが、その時は、わたしがここにいてごめんなさいみたいに謝るばかりであって、自分の気持ちをちゃんと考えていなかった。

それがあとから爆発してしまったとも言える。

わざわざ自分が傷つくようなことをするのがおかしかった、と思う。

もっと早くにやめれば良かった。

次の人とか言わないで、自分のことを大事にして投げ出してやめれば良かった。

 

 

と、いうか、この一年の通院の意味すらもはやよくわからない。

前の仕事は向いていないと言われたけど、やらされた仕事なんて余計向いていないというかとても続けられないような仕事だった。

 

 

でも、とりあえず何か役に立てば、というふうに考えて我慢していたのが、結果的に役に立たなかっただろうし、最後の最後に怒りの形で出てしまった。

わたしはこの一年の間に、社会人として使い物にならなくなったと思う。

人のせいではなくて自分が、自分をきちんと守れなかった結果だ。

カウンセリングが辛いし、適応が落ちているからやめたいと何度か言ったが、やったほうがいいだろうと主治医は言っていた。

一年の間に失職して、最終的に自分の感覚がもう、社会的に相当ずれ込んでいて、戻らないであろうことを考える。

 

わたしがいつも死にたくなるのは、社会から隔離されて、一人で内面と向き合い続けることが辛かったからだろうか。

過去の自分や、見た夢の話をすることなど一体なんの役に立ったのか。 

 

 とにかく、陽転している患者はペットでも奴隷でもない。

 

 たいして使えなかったとしても、安い労働力だからまあいいか、くらいに思っていたのかもしれないけど、倫理規定とかいう以前に、そこまでリスクのある行動をとるメリットがどこにあるのだろうか。わたしに考えられるどんな方向から考えても、わたしにはみんなして考えが足りなかった、以外なにも思いつかない。

 

…わたしは、依存しててなんとか抜け出そうとしてたとこだったし、多少は覚悟して始めたけど、やっぱり無理なものは無理だと思った。

ほんとに無理なのだ。何もかも投げ出して無理ですと白旗あげて、今ぐらいのうつ状態に落ち込んで初めてもう二度と病院なんて行かないって思う。

  だから、こういうふうな目に合わせることで、もう来ないだろうという配慮だったのかもしれないが、みっともない話、わたしは一ヶ月間ほんとになんど物騒なことを思ったかわかんないくらいだった。

 

 そんなの、先方にしてみれば全く関係ないどうでもいい話であろう。

向こう、特に事務の人からしてみれば、精神疾患のある人のオーバーな受け止め方だろうし、わたしも思い出すたびに自分がもうまともに世界で働くことなんてできないんじゃないかと思う。

 

 ひどい目に合わせればもう、流石に来ないだろうという意図があったと考えれば、それはそれで納得するけど、そんな意図があるなら

リファーして欲しかった。

 

いや、ちがうね。

よくならないと判断したときに、わたしが転院するべきだった。

 

   そうして、最後にもう帰れみたいに言われたけど、もう、心療内科とか精神科とかがなんのためにあるのかすらわからない。

 

誰にも話せず明け方に思い出しては死にたいとか思う気持ちが少し薄れて来たのに、

昨日の夢で一気に蘇った。

 

 …でも、今日の概ねはそんなことわすれていて、温泉でのんびり過ごしていたのだが。