いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

アサーティブ

平木典子  "自己カウンセリングとアサーションのすすめ"

という本を読んだ。

書き手の意思の、どっしりした感じのする良い本だった。

 

まずは、自分を理解し、上手に表現していく。

相手の気持ちも理解しようとして、相手の話を良く聞き、互いの違いを前提にして、相互的なコミュニケーションを通じてすり合わせを繰り返して、よい人間関係を作り上げていく。

人間関係とは齟齬に対するすり合わせの繰り返しであって、そんなにうまくいかないということが前提である。

 

アサーションはお客さん対応をするときとかの職業上トラブルを防ぐためには不可欠で、育児においてもダブルバインドを防ぐために必要だと思っていたけど(果たしてできていたのか疑問に思えてきた)

わたしはそれ以外の人間関係で、例えば友達とか同僚とか、家族とかだと、できておらず、非開示的なやり方…依存的であって、あまり自分を大事にしていなかったなと思った。

 

それまで、まあまあ、お互い非開示的なやり方でも、多少ストレスが溜まったとしても、お互いに適度な距離をとったり思いやりを持つことで生きていけると思っていたけど、

パワハラの場所にいた、周りにいる人を片端からターゲットにしていじめる同僚とか、

非常識に他人を振り回す上司とか、

そういう人に会った時、自分は、

アサーティブでなければ身を守る対応ができないし、自分が限界かどうかの判断も難しいと思った。

自分がどうしたいか、とか、どのように感じているのか、を言葉にしてみる練習もいいかなと思う。

 

何も言葉にされたものが全てではない。

実際相手の気持ちがわからない、自分の気持ちが良くわからない、ということはどんなにアサーティブであろうとしてもありうることだと思う。

だけど、困ったときに、自分自身をそこに引き戻そうとすることは悪いことではないと思う。

 

 

…友達や周りの人に自分の気持ちを伝えられないときには背後に恐怖感もあるのかな。

わたしはどうせ嫌われているに違いないとか、そういうもの。

 

別にそれでもいいというか、嫌われたくはないけど、隠してもどうせ悲劇を招く場合もある。

 

と、思った。

 

 

っていうか、生きてくためにアサーションは必要だ。