いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

後悔及びに喪失

例えば わたしは小学校の五年生の時ほかに何かやりようがなかったのだろうか

 

母は岩盤のようにわたしのいうことに耳を傾けてはくれなかったが

我慢をするポイントは どこにあったのだろうか?

身近な大人は誰も味方にはなってくれなかったが

例えば先生に話しに行くとか 家出をするとか

何かなかったのか。家出はすればよかったと思う。

それ以外にあの状況からの逃げ方がまだ思いつかないのだが…。

 

母というものは、味方だと思わなければいけないのに毎日辛い思いを我慢しないといけないという矛盾がよくはない

つまりもう、母は敵なのだと考えて適当にあしらうという選択肢はなかったのかなと思う。

自分の子供ができるまでずっと、わたしはその考えから逃れることができなかった。

 

わたしは面従腹背していれば良かったのだ。

子供のことを思っているとか大事にしているから従えというのはおかしいのであって、本来は自分の手から離れていけるように育てるのが正しいのではないかと思う。

だけど、わたしは家族の愛について、そういう苦しいものとしか考えていなかったから全てを諦めるようとした、気がする。

自分の人生を諦める必要はなかった。

わたしより溺愛された弟の方が大変だったと思うし、最終的に亡くなってしまったけど。

 

中学校の間はほとんど家から出なかったけど

もしかして学校に行ってだれか友達に出会っていたら、もうすこし未来が変わっていたかも知れないし、家出したかもしれないし、部活でもしていたかもしれない。

たぶん、諦めなくてもよかった。

家のことだって、恥だから話すなと言われたりしてだれにも言えなかったけど、手当たり次第に話して見たらよかった。

 

高校の時も、やめなくてもよかった

定時制に通いたいと言った時に反対されて諦めたけど、どうせ中退したんだし定時制で良かったのだ。大検をとって現役で入らなきゃと思ったけど、どうせその年は大検受けるだけで精一杯だったんだし、一年遅れても高校を出ておけばよかった。

アルバイトでもしたらよかった。

 

 

大学の時は彼氏に散々束縛されていた。

好きな人がそのうちできて、愛してたのだけど自分が愛してるということに気がつかなくてどうして良いかわからなかった。

なによりも人が、私のことを愛してると言っているのに受け入れられないのである。

束縛されるとか、私に興味のない人にしか付き添えない。最初そうでない人も結局そうしてしまうのは私が自分を見せないし何も主張しないからではないだろうか。やってほしいことを言わず、やってあげると言われたことをなぜか遠慮して断る。

ひどい遠回りなのであって、流石にそれは何年も悩んだ。それからだいぶ学んで、好きな人にはきちんと悔いのないようにするということを心がけて、何人かはちゃんとそういう風にしたけど依然として、何かしてもらうことや助けてもらうということができない。

動けなくなれば助けてもらえるけどそれ以外ではできない。

 

大学では、勉強も、つきたかった先生がいたのに、思い切ってそちらに行くことができなかった。

それもいつまでも結局思い出すけど、きちんと後悔できないままぼんやりと、望むことを見逃して望まないことを繰り返す人生を継続した。

嫌なことを言われれば、その通りだと受け入れて、自分は駄目な人間なのだと思った。

嫌な感じがしていたり傷ついていたのに、自分のケアは何もしなかった。

助けを求めたことはあるけれど、所詮受け入れることもできなくて、自分で自分を守ろうとしたことは果たしてあったのだろうか…。

 

なんだって、諦めたり、解離して保留したりして誤魔化して生きてきたので後悔をしたことがほとんどなかったけれど、

ポイントポイントで、他のやり方は本当になかったのか

今になって、今の私ならどうしただろうか、どうしていたらこんな風な私ではなく生きられたのだろうかと考える

 

同じことを繰り返さないなら

明日一日だけで死ぬことになってもまあ、いいのではないかなと思う

 

軽率な発言とか軽率な行動とかではなくて

よく考えて 望んでいることの代わりに望まないことをしていないか、だ。

失敗したならなぜなのか

ああすればよかったという後悔を一度はするべきだったのではないか

 

後悔もしないというのは

無力なまま流されて諦めてきたということではないのかなと

考える。

 

ま、それにしたって、過去のことは、仕方ない。

雨が流れて消えていくみたいに、起こったことは仕方ない。

その上で、行おうとする気持ちを他人事のように蔑ろににして、なにかしらを行えなかったということを、省みる。