いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

結局のところ

病院にかかって起こった出来事が、

例えば医者やカウンセラーが軽率でヤブであったのか、

医者はなんとかしようとしたけど、実力的になんともできなかったのか、

医者がそもそも精神的におかしいからこうなったのか、

 

判断がつくかつかないかといえばつかない。

たぶん永遠につかない。

他人の気持ちなど押し計れない。

 

でも、それによって、わたしの気持ちの持ちようが変わるのである。

 

一、わたしが医者なり他人を信頼してよいのか(単なる失敗とかであったのだと。そうするとわたしは自分を責める)、

二、他人を信頼するべきではなく、信頼したからこういう目に合ったと思えば良いのか(凄まじく攻撃的になる)、

三、あるいは、それも含めて反省した上で、誰からのダメージであってもより少なく済ませる生き方を考慮すべきなのか

 

おそらく合理的なな解は三番目なのだと思うけれど、一と二の間で混乱している自分がいる。

一であれば、傷ついたことが一時的に追憶に登らなくなりわたし自身が無力な人間であり続けてきたという意識になるし、

二であれば嫌なことばかり登ってきて、わたしはきわめて戦い続けて生きてきた人間だという意識になる。

 

だからわたしはそこで"統合"的なものの見方を失っており、動けなくなっているのである。

わたし自身も他人をどのように捉えたら良いのかわからなくなっていて、精神病っぽい。

 

たぶん。

気持ちが悪くてとても怖い。

気持ちが悪いのは当然だけど、これは絶対に無視してはいけない。

 

解離して一つのイメージの中に押しとどめて生きてきたものが、現前してどちらに類するのかがわからなくなってしまう。

 

…でも、そんな極端な人物像は世の中にはないし、むしろ、わたしが、他人をどう思うかにより全く違うルートで思惟をしてしまう。

 

あなたは信用に値するのか値しないのか

それを超えて人間的に信頼するに値するのかしないのか、というのは、傷つくことは当然あるプロセスだし、

第1信頼するかどうかは自分が決めることである。

 

だから、今わたしが延々と竦んでいるこの気持ち悪さは、

人が信用できるものなのか、そうではないのか、それがわたしの中でわたしとともに動けなくなって止まってしまっているということなのだと思う。

恐怖なのだ。

 

どうしたら良いのかな。