いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

現実に目を向ける

どうにもなんないし、もうダメだと思う。

私もうボロボロで、現実の用をなしてない。

もう一生、昔のようには生きられないだろう。

いまはまともな事ができてないし、頑張ってももうできない。

 

それでも、めちゃくちゃであるなりにできることはし続けるから、もう少ししたら、もう少しは良くなっているかもしれないけれど。

 

言葉でどんなに自分に鞭を打っても、できると信じて頑張ってみても、今できている事が今の自分の限界であることは間違いがない。

 

でも、夫が働いてくれており、2子がいる。

しかも、生きている価値がないと思って去年に比べれば、社会的な価値はないけど少なくとも生きていることについてはそこまで罪悪感があるわけでもない。

 

そんなことより、毎日私は上の空で、現実的でもない何事かに心を奪われていたり、悶々としているのだけれど、なんだかそれはいろんな意味で無意味だなあと思う。

随分と、損をしている。何にも集中できてない。

 

あったことはあったことだ。

何があったのか全く理解できていない部分が多いけれど、こんなことは所詮自分の責任で引き受けるべきことだ。

なのにいつも忘れる。なんで忘れるんだろう。引き受ける能力がないと思うからか。

 

なんか未練でもあるのかなと思うけれど、多分ないと思う。

自分が気持ち悪い以外の感情がない上にとった行動の愚かしさが余計に死んだ方がマシだという感情を煽る。

早くに終わってよかったけれど、

本当はそうではなくて、もうどうでもいいから早く終わらせてくれというんではなくて、辛いけど仕事や家庭を投げてはいけなかったのである。

何事につけそうだけど、とにかく投げちゃダメだったのだ。わたしはばかだ。

もうダメだと思った瞬間に本当にもうダメで、一回死ぬ以外にもうやり方がなかったのである。

 

 

…それはさておき、

結局のところ自分にとってすべきことというのは家事とか育児だと思う

いまはほとんど働いていないわけだし、なによりも快適な家庭環境が欲しい。

 

一年前は起きて生きているので精一杯だったから、家事ができるようになる事が感動的だった。

でも、パートをするようになって、そうしたら、そういうパートをしている自分が自分に納得できない。

反復作業が下手でうまくできないし、叱られっぱなしだ。

うまくなりたければ諦めないでクビにならない限り頑張るしかないのだけれど。