いっとき避難場所

人間万事塞翁が馬

重力と恩寵

今日届いた。

 

これは"自由と社会的抑圧"とは全然違う。

どちらかというとアウレリウスとかパンセとかと同じ系統のものだな…断章?アフォリズム

自由と社会的抑圧よりは、わたしには明らかにこっちの方が読みやすい

しかしどうしても自分との差異しか読み取れない部分もある

 

"愛はわれわれの悲惨をあらわす兆候である。神は自己しか愛せない。われわれは自己ならざるものしか愛せない。"

 

えっ? と思う。

われわれと一語に言われるのが違和感があるのだけれど

自らの一部に関する強烈な否定のようなものを感じる。

この時代のユダヤ人の女性は色々生きにくかったらしいけれど、そういうのもあるのだろうか。

バルトの恋愛のディスクールの中に似たよなニュアンスの何かがあったと思うんだけど思い出せない。

もしかしたらセクシュアリティに関する強烈ななにかがあるのかな。

 

"愛はつねにより遠くへ行こうとする。だが限界はある。この限界を踏み越えるとき愛は憎しみに変わる。この限界を注視するなら愛は別のものに変わる。"

その別のものとはなんであろうかと思う

 

またこの人にかかってフロイトはけちょんけちょんである

わたしにしろ なにかのオブセッションにより工場で働いているのは間違い無く

嫌悪しているものを消滅させようという

その攻撃性がこの人やわたしは自らに向かい、フロイトは権力に向かったということなのかな

 

 

こういうものは時代に先駆けて指摘したというのはそぐわないといつも思う

戦争の愚だっておそらくたくさんの人は気づいていたし、指摘したものも多かったのだろうけれど、あとから公に文献に登ってくるものが少ないだけだと思うのだ

人は恣意的にそれを選んでいる

(歴史学とかそういうものに関しても明らかにそうだから)

 

(昔の科学が発達していないからといって、アリストテレスが現代人より知的に低かったなどということを言えるかというようなことを大学の時ある先生が言っていた)