いっとき避難場所

建設的ってどういうこと?

あと40年

あるんだなあと思う

 

人生が憂い者は神様が向こう側に連れて行ってくれるから大丈夫だと中村天風が書いていた

ふふ そうであるならそうであってもいいかなと思う。

そんなことはお任せしてしまえばいいわけか。

あの世こそは良いところだと思えばそうなるのかしらん

 

孤立して一人でいると

月が恐ろしく美しく見えたりする

ああいう時の心が切れるような気持ちはなんだろうなと思う

人生が憂いわけではなく

人生から自分が切り離されてるみたいに感じたのだ

 

今はそうでもなくて

ひどく雑多な味がする

月がまるで、白っぽいハムみたいな感じ

手を伸ばせば届きそうに思う

 

単にそれだけだけれど

 

あと40年か。

あと数年で私は40代も半ばになるのか。

 

今日は少し悲しいことがあったので

暫し悲しんで

そうして流してしまった。

やればできるな… 自己暗示というか、流してしまうことってできるのだ。

辛いことは思い切り悲しんでそうして忘れてしまえばいいのだけれどまた、辛いことが来ると思う必要もないのである。

 

悟りというのは

大丈夫ってことだ。たぶん。

 

あと残るのは、どういうふうにありたいかっていうことだけ

自分が動かせるものは限られているから

そこをどうおきたいかということだけなんだろう。