いっとき避難場所

建設的ってどういうこと?

応募意欲

そろそろ、もう面接もお腹いっぱいかなと思いつつ今日も面接してた。

また違う仕事で違う切り口で、世の中こんなこともOKなのかと視野が広がった。

 

ここ1ヶ月くらい週に2回くらい平均して面接をしていて、中には面接中に条件が合わないと分かったものもあるけど内定も2件くらい頂いた。

ありがたいのだけれど、その後やはりうまくいろいろ合わないことなどもあって2件は内定辞退になった。

 

来週は今のところ予定が入ってないけど再来週も面接。

ここまでで予定が入っているところで決まらなかったら少し休む。

 

ハローワークのカウンセラーさんが、仕事は決まらないものに理由はない、決まったものだけ理由があるのよと言っていて、そうかと思った。

期待をするから落ちた時に落ち込むのだとわかってはいるけれど、最初から落ちるつもりで受けにいく人間は極めて少なく、結構精神的に辛い。

面接で落ちる時は大概理由がはっきりしている(教えてくれる)のでわかりやすいけれど。

 

ただ、もはや仕事よりも大事なことがあるのではないかと思い始めてきてしまった。

今日もひとと半日くらいお話をしていたのだが、お話をする仕事がしたい…と思った。

 

…この間受けたところは、明日で1週間になるから

きっとダメだろうと思うんだけど

…というのは、ここまで面接で内定のところはみんな4-5日で早かったからなんだけど。

期待するといろいろ辛いんだけど、変に期待するような面接だったので(珍しく)、

結構辛いなと思う。

けど、まあ、その場合は仕方がないかなと思う。

たぶん行かなくてよかったということだろう。

そもそも、面接もやり続けてここまできたからには、仕事がなにに決まるかというのは神様にお任せレベルの話だ。

その場でいいって思っても、神様的にはきっとその場合は良くなかったということなのだ。

 

…と、気持ちの準備もできた。

なによりなんと無く春にはちゃんと働いている気がしている。

 

今日もそうなのだけれど、自分の意思というよりも、立て続けに面接が続く中で先方に決めてもらうという感じで、私はありのままという感じになってきた。

それでよいのか悪いのかだけど、私の一存で決まることでもない。

 

なんでも大丈夫である。